アド・レター等(再掲)
アド・レター
一
お互いの好きな所や嫌いな所を言い合ったり、書き合ったりしてそれを交換し合う。それらを相手から見た自分の良い所や悪い所として受け取り、それらの一つひとつを嬉しく思ったり又は反省に生かしたりして、一方で「ああ、こういう所を好きになるんだ」と感心したり「そういう所を嫌いになってしまうんだ」って意外に思ったりして、それぞれが想う相手のイメージを更新する。
そうすれば前よりずっとお互いに想い合ったり、気持ちも重ね合えたりして二人っきりの世界が少しずつ延びる。一対の在り方が確かになる。個々それぞれの言葉でリストアップされた好きも嫌いも何もかも、切れ目のない紙の上に並べられて、彩色された紙面の姿のままに一緒に住む部屋の壁や床が綺麗に飾れる。きっと。
そういうことを、提案することからして既に。
真剣な表情を浮かべ、切実さを伝える身振りを交えて熱弁するキミと対面して私は、一所懸命に作った冷めた言葉を敷き詰めて凍えるグラスの中の、私たち二人の思い出に口をつけてた。この際にちゃんと見ていたいと思ったから。キミが口にする、私たちにとっての「思い込み」だという恋心を。
キミが言う通り、お互いの好きな所と嫌な所を羅列したリストを前にして私は自分の長所又は短所を指摘されたと思い、その内容を吟味にして、自分の考えと照らし合わせたり若しくは自分の価値観に基づいて検討したりして、反省したり又は「仕方ない」って諦めたりする。それから訊くんだと思うよ、キミに。「キミはどう思った?」って。その質問にどう反応するかを暫く見てからまた「どう考える?」って、訊き直したりすると思う。分からないから私には。見えないから、私には。
だから訊く、訊いて待つ。
お互いの好きや嫌いを綴ったリストを前にして、キミの様に、キミの姿を私は見て取れない。だって、そこに見出すキミは私が抱くキミのイメージであって、キミじゃないって思うから。私が想像できるキミは私の好きや嫌いで作られているだけの、私の認識で私以上のものじゃない。そうでしょ?違うの?
多分、キミは違わないけれど当たってもいないって答えるんだろうね。そして、その根拠となる考え方を言葉で丁寧に説明してくれる。きっと。だって、キミは私が好きだから。絶対に知り得ないこの私に近しいものとして、キミが知り得る私の可能性を信じているから。
ああ、とここでやっぱり思ってしまう。私は恋をしていないのかもね。少なくともキミよりは。私に夢中なキミよりは。
嫌いには、なれないのだけれど。
キミは、真剣だね。
煩悶としたりして色々と面倒くさい事になったりしがちだけど、別の体の内側で波風立てる他人のそれより、自分の気持ちの方がよく知れるかもっていつも思うんだからね、キミは。「思い込みから始めるし、始めたよ」って。「ボクはそうしてキミを好きになった」し、「キミ以外の誰にでもそうだった」って。
突き詰めれば決して正解できないそれぞれの心情表現と、どこかにあるかもしれないたった一つの「本心」を追い続けるロマンな映画を最後まで観れないキミの真実。それを、隣に陣取る私が一番正確に記述できる。キミは、だから、「ずっと恋をできるんだね」って寂しそうな表現をして、思わずしてしまたって後悔する私の近くを離れない選択を、その時のキミでしてくれたけど。
確かに嘘をつける私だし、キミもそうだし、瞬時に変わる人の気持ちだから。
この事実に対してキミはいつも言う、私にできる表現を、私の気持ちに従ってしてくれればいいよ。その方が嬉しいよって。キミがそう言ってくれる度に、言われる度にその長い両手で一度、力強く押されたみたいにたたらを踏んで蹌踉めくんだ、内心。
キミが好きな私の気持ちの表れは、キミに大きく左右される。でも、キミの好きの表現はキミから始まって、キミで終わる。そのことを承知で、寧ろそれで良いんだってその胸の内で全部受け止めている。それがキミの好きで、キミの恋で、私への想いだ。完結していて噛み合わない様なのに、向き合えば、その悲しさに輝く目はいつも二人のこれからに溢れている。だからね、嬉しくなって、笑っちゃう。私の恋はやっぱりここから始まっているって確認して。目の前にいる、キミの存在感に由来しているって。
私は、私の言葉をそれほど信じていないんだと思う。私が思う事を形にしたくて、こうして言葉を続けたりするし、気付けることも多くて大切にするけれど、でもこれを打ち消したいって望んでもいる。強く、強く願ったりもする。閉じ込めたくないんだよね、何もかも。決め付けたくないんだ、キミのことも、キミに対する私の思い込みも。
ナイーブ過ぎるかもしれない。そう自覚はするけれど、ここは譲れない。ここから後ろはない。
「ここに私はいるよ」って。
どうせ知って貰うなら、こういう事を知って欲しいって心から思ってる。多分ずっと。ううん、一生。
キミから始めるものと、キミから始まるもののタイムラグに置いてけぼりになるのが嫌で、必死になって語ったり、紡いだりしていた私だったから。真剣にならざるを得ないよ。だって、キミが好きだから。
だから、キミも真剣なんだって。
二
ガラガラガラ、と製氷機を利用して作ったんだよ、この冷めた言葉たち。指に力を入れたら簡単に離れてくれるんだ、気持ちよくなるぐらい。
大体で私と同じ個数を入れた半透明なグラスを見つめて目の前に座る今のキミが何を思って、何を言おうとしているのか、やっぱり私には分からない。それを待つのも何だからって思って、冷たくなった思い出をすっかり飲み干した私が黙ってもう一度、手にするグラスに注いで作ろうとしている二人の思い出はその色も味も初めて見るものだから、その温度を私の方が決めかねる。
ね、私たちの始まり方はこんなにも違う。だからゆっくり、愛せたらいいんだよ。
焚き火
「フンショコウジュ」と呟きながら、私と集めた秋の枯れ草や拾った枝を燃やす火の中に大事そうに置いて、大好きな本を焼く。泣きそうな顔ばかり浮かべて、いま現在の痛みの原因になっていると思えるぐらいに歯を食いしばって、売りに出さなかった本を焼く。トイレットペーパーの代わりに使ったり、メモ用紙のように使ったりしないで、その数を減らすために本を焼く。折角だからこの私に贈ってくれたらいいのに、大好きな君から貰った物として何よりも大切に保管する気持ちでいっぱいなのに、読まない君に贈ると本が悲しむからってどうしても処分しなきゃいけないものを泣く泣く選び、とっても重そうに部屋の中から順番に中庭に運び出して、身体から引き剥がすみたいに苦しそうに手を離して、本を焼く君。贈ってくれなくてもいい、君のために預かっておくよって私が何度言っても聞く耳を持ってくれない君。はあーっと大きなため息を吐いて、じゃあ仕方ないって声に出して君が本を運び出すのを手伝い出した私を見て、止めもしなかった君。その全部を部屋から運び出した後、本を焼くための火をつける媒介物としてマッチに火をつけたとき、アリガトって私に言ってくれた君。ぜーんぜんって弾けるように答えて屈み、君が火をつけるのを見つめ続けた私。火は、小さくついて落ち葉や枝を燃やした。煙がまっすぐ伸びていって、真四角な中庭の空に吸い込まれていった。日差しが強い秋の空、腕を通した長袖を捲し上げて、大好きな本を焼いていく君と屈んだまま君の側に居続ける私。君が火の中に置く本のタイトルを見つめて唱える、その本を読んだことのない私が務める記録係を君が信じてくれる。本を焼く君はその本のことをよく知っているけど、その本の名前を覚えることだけは出来ないからこうして、一冊ずつの形を奪っていく。そんなこと、心の底からしたくないのに、こんなこと二度としなくて済むように懸命に覚えることを頑張ったのに、君を君たらしめる君らしさが君から離れることは無かった。私の大好きな君は、大好きな本の名前を覚えられない。君のことが大好きな私は特に本が好きじゃないから、君の覚える痛みを知ることが難しい。でも、君が信頼してくれる私は本でも何でも名前を覚えることが何より得意だから、君のお願いに応えて君が大好きな本の名前を覚えてる。不思議なもので、覚えている本たちの名前が私はすっかり好きになっている。君のことが大好きな私だからじゃないよって、言っておくね。堂々と胸を張って言える私ではないけれど、覚えることが嫌いじゃない私の中で覚えている本の名前を口に出したときに感じる私の気持ちは本物だよ。他でもない、この私が言うんだから、君がそれを行うのは自由だとしても君の疑いは私の本当を晴らせやしない。それにさ、私が口に出した名前の本を聞いて、君がどんなに日を跨いでも最後まで話してくれるお話を聞いている私の顔を、大好きな君が知っているんだよ。息を整えながら私を見て、私の目の前で君が浮かべてくれるあの表情を見るのが大好きな私が君に見せる顔を君が覚えていて、君が後から話してくれる。たくさんの本の名前を思い出して並べて、忘れないように口をしっかりと結びながら君の感想を聞いているんだ、私。君に燃やされる本の代わりにぱちぱちという音を出す私が君の近くに寄り添って、本に代わって君を覆う。緑陰を失いつつある落葉樹の下で二人で屈んだ秋の中庭に立ち上る、紙の煙。その匂いを吸い込んで、また君の内側からお話が生まれる。そんなお話を君と二人、こうして過ごす度に私は考えているんだよ。ぱちぱち、としか言わない私の外面(そとづら)からは分からないだろうけどさって呟く私の心に触れられるのは君だから、こうして気持ちを伝えてくる。それに応えられる力が私には無いから、途切れ、途切れ。今も君が手にして火の中に置かれていくあの本に書かれた台詞みたいに、君の気持ちを動かして、君の意思を蹴飛ばして、君の口を開かせて、君の声が震わせる。君が好きっていう私の心からは漏れやしない、そんなところが嫌いって言える裏返った私の小さな声で唱える。「フンショコウジュ」の意味をきっと正しく知らない、とっ散らかったみたいにまた本のことが好きになる君の未来に手を伸ばして、いまの季節に接続する。瞬きするごとにセピア色になっていく時間を惜しんで、体重をかける。
君のことが大好きな私が寄り添う君の手がまた、伸ばされる。吹いても可笑しくない風の流れが認められない、秋の中庭の奇跡を見つめる私の気持ちが好きって言われる、そういう幸せが他にあるとは思えない。
アド・レター等(再掲)