還暦夫婦のバイクライフ 11
リン、徳島のドイツ館が気になる
11月もほぼ終わりのある日、スマホを見ていたリンが、ジニーに質問した。
「ねえジニー、確か徳島にドイツ村って無かったっけ?」
「ドイツ村?無いけど。でもドイツ館ならあったぞ」
「それそれ。どのあたり?」
「えーとね・・・」
ジニーはリンが開いた地図アプリを横から操作する。
「藍住I.Cの近くのはず・・・。あった、これです」
「ああ、ここか。思っていたところと全然違った」
「そうなん?」
「土柱のあたりかと思ってた」
「へえ、でも何故ドイツ館?」
「この前ニュースか何かでお花畑がどうこう言ってたんだけど、よく覚えてないや。確か日本の第九の始まりの地とか」
「多分そうだな。明日行く?」
「行く。そういえば二輪車定率割引って、11月いっぱいよね。使わなきゃ」
早速リンはスマホで、ジニーはパソコンで割引申請を行う。
「よし、オッケー。今年は使い切った感があるわね。」
「リンさん、来年は何月からだっけ?」
「4月からだよ。継続したらの話だけど」
「もうこんなけち臭いことせずに、二輪は四輪の半額にしてほしいな。タイヤ2個しかついていないんだから」
「重さでいうなら、普通車の1/5でもいいくらいよ」
二人は高速道路料金のことでひとしきり文句を言いあった。
「それでジニー、明日何時出発?」
「うーん、遅くても9時には出たい」
「わかった」
日曜日朝8時、ジニーは目を覚ました。リンはまだ寝ている。寝床から起きだしたジニーは、台所へ向かう。まずはコーヒーメーカーをセットして、冷蔵庫から卵を二個出す。ついでにブロックベーコンも出して、目玉焼きとベーコン炒めを作るべくフライパンをIHコンロにかける。使いかけのもやしを取り出してボウルに移し、根っこを1本ずつ取る。
黙々と作業を続けるうちに、フライパンが熱く焼け、うっすらと煙が出始めた。オリーブオイルを薄く引き、卵を静かに落とす。すかさずふたをして、もやしの根切り作業に戻る。すべて根を切った頃、目玉焼きが程よく出来上がる。皿に取ってキッチンペーパーでフライパンをふき、再度オリーブオイルを引いて柵切りにしたベーコンを炒める。白煙がぼわっと立ち上るが気にせず、うっすらと焦げ目がつくまで炒めてからもやしを投入する。素早く塩を振り、軽くコショウを振ってからざっと混ぜ、すぐに皿に移す。
「お早うジニー」
頭が爆発したリンが、台所に現れる。
「お早うリンさん。頭がすごいことになっとる」
「うん。用意する」
リンは洗面所に向かった。ジニーは先に朝食をとる。
コーヒーがサーバーに落ちた頃、リンが戻って来た。先ほどの爆発頭はきれいになり、着替えも済んでいつでも出れるようになっている。
「リンさん、ご飯出来とるよ」
「みそ汁は?」
「ないです」
ジニーはご飯を茶碗に装い、食卓に置く。
「いただきます」
リンはササっと朝食を平らげ、ジニーが入れたコーヒーをふうっと冷ましながら飲む。ジニーはカップに氷を3~4個入れて、コーヒーを注ぐ。ぬるくなったコーヒーを一気にがぶ飲みした。使い終わった食器を手早く洗い、ジニーは着替える。リンはインカムや鞄を玄関に運び、ヘルメットも用意する。ジニーは外に出て、車庫からバイクを引っ張りだした。自分のバイクに鞄を固定して、ヘルメットを被る。インカムのスイッチを入れて、リンと通話開始する。
「リンさん、きこえる?」
「聞こえるよ。ガソリンは?」
「入れる」
「用意できたよ。出れます」
「じゃあ、出発」
9時5分、二人は家を出発した。
近所のスタンドで給油して、松山I.Cに向かう。
「ジニーどっちから行く?」
「9時過ぎだよなあ。う~ん、R33号から行くか」
「混んでない?」
「さあ?」
環状線から天山交差点を右折する。
「あ、やっちまった」
R33号はいつになく渋滞していた。しかし今更どうしようもなく、二人はゆっくりと動く車列の一部となって松山I.Cを目指す。15分後、やっとI.Cにたどりつき、松山道に乗った。
「いやー混んでたなあ。何かあったのか?」
「さあ、砥部焼祭りとか?で、入野に止まるの?」
「うん」
ジニーは少し早いペースで入野を目指す。松山道はすいていて、快適に走れる。10時10分、入野PAに到着して駐輪場にバイクを止めた。
「トイレ!」
ジニーは朝飲んだコーヒーをトイレに流す。
「少し寒いねえ。完全装備で正解だったわ」
「まあ、もう12月だもんね。次はどこで止まる?」
「そうねえ、藍住で降りるから、その手前にある上板SAで止まろうか。吉野川SAは近すぎるよねえ」
二人は道路案内板を見ながら相談する。
「ジニー上坂まで行きましょ。お昼前に何かご飯食べたら、丁度いいんじゃない?」
「わかった。じゃあそういう事で」
10時35分、入野PAを出発して、松山道を少し早いペースで走る。川之江JCTで高知道に乗り換え、さらに分岐で徳島道に乗る。徳島道は片側1車線で、全体的に車の流れが遅い。だからジニーもリンも、あまり徳島道は走りたくない。呑気さんが1台いるだけで、長蛇の車列になることが多かったのだ。みんなもそう思うのか、高松道が全線片側2車線になってから、神戸淡路鳴門自動車道経由で大阪方面に向かう車は、高松道を走る割合が多くなった。相対的に、徳島道の交通量は少なくなっている印象がある。
「リンさん、やっぱり車の量が少ないよね」
吉野川S.Aを通過するときにジニーが見た駐車場は、ガラガラに空いていた。
「まあね、少し遠回りでも、高松道に行くんだろうね。おかげで少し走りやすくなったわ。路面は相変わらずだけど」
リンは路面の悪い所を避けながら走る。
「そもそも徳島の人って、大阪に生活基盤が寄ってるんじゃないかな。地理的にもほかの3県とは隔絶された感あるし、大阪方面に行く高速バスとか、2時間半しかかからないみたいだし、そりゃあ四国の田舎向いて伸びる高速なんてどうでもいいんじゃない?未だに片側1車線だしね」
「ジニーそれは言い過ぎよ。まあ、私もそうは思うけどね」
「否定はしないんだ」
「あはははは」
遅い車を追い越し車線があるたびにパスして、どんどん走る。やがて上坂S.Aの標識が出てきた。二人はバイクを進入路に進めて、駐輪場に止める。
「11時40分か。1時間ぐらいで入野から来るんだなあ。思ったより近い」
「ジニー腹減った。ご飯だ」
リンはさっさとヘルメットを脱ぎ、タンクバッグをバイクから外す。ジニーはヘルメットをホルダに固定してから、鞄を開けて帽子を取り出し、一つをリンに手渡す。
フードコートの券売機の前で、しばらく悩む。ジニーは徳島すだちそば、リンはすだち鶏の油琳鶏定食を選んだ。テーブルに陣取って間もなく、すだちそばが出来上がる。
「リンさんこれ、日本そばじゃなくて、和風中華そばなんだって」
「ふ~ん、で、おいしいの?」
「うん?・・・・う~ん。普通においしい」
リンはジニーから少しもらって食べる。
「すだちが香るね。おいしんじゃない?」
続けてリンの注文が出来上がって来た。
「いただきます」
リンは鶏と野菜を一緒に箸で取り、一口食べる。
「うん、おいしい。食べる?」
「いらない」
ジニーは鶏を食べない。子供のころの体験が、還暦を過ぎても未だに影響しているのだ。
二人は休憩を切り上げて、バイクに戻る。支度を済ませると上坂S.Aを出発した。
「リンさん、この先すぐのところにある藍住I.C降りますよ」
「はい」
I.Cを降りて、県道1号を左折する。そのまま道なりに走り、県道12号を右折、そして県道41号の交差点を左折する。高松自動車道の高架をくぐると、そこにドイツ館があった。
隣接する道の駅第九の里の駐車場に入るが、二輪駐車場がない。仕方なく車1台分のスペースにバイクを2台置いた。
「着いた。ドイツ館って、立派な建物やねえ」
「うん」
駐車場から見るドイツ館は、立派な建物だ。道の駅から階段を上り、広い前庭を横切り、玄関から入る。ロビー右手にはミュージアムショップ、左手に事務所がある。入館料を支払い、2階へと階段を上がる。二階に資料を展示してあり、第一次世界大戦のドイツ兵捕虜を収容した当時の様子が詳しく紹介されていた。ジニーは展示を見ながら随分と感心した様子だ。
「リンさんすごいね。収容所内で一つの町が出来てる。お店もあるし、収容所内の通貨まで発行されてる。わずか3年足らずの間に、ここまでやれるんだ」
「しかも遠足で収容所の外にも出てるし、畑を借りて作物作ったり、地元の人たちに農業指導まで行ってるわよ」
「挙句の果てにオーケストラまで編成して、第九の演奏とか。ドイツ人すごいね」
「ジニー、収容所長も立派な人格者だったみたい。ここってこじんまりした資料館なのに、内容が濃いわあ」
「あ、リンさん。あっちでなにやら人型ロボットが動いている」
「あれは第九シアターね。ちょうど終わった所みたい」
一通り終了したみたいで、見学していた人たちが移動してゆく。二人は誰もいなくなったシアターの席について、次の上映が始まるのを待った。
ジニーがふと気付くと、上映が終了するところだった。動いていた人形たちが動きを止める。
「???」
ジニーが横を見ると、リンが口を開けたまま眠っていた。薄暗い静かな所で座って待っているうちに、二人とも眠ってしまったのだ。
「リンさん・・・リンさん」
ジニーがリンをつついて起こす。
「ぐ・・・ご・・・う~ん」
リンがじわっと目を開ける。
「あ。寝てた。終わってるし。起こせよ~」
「いやリンさん。僕も今起きた所」
「は?・・・年取ると、どこでもねむれるわ~」
リンがう~んと伸びをしてから立ち上がる。
「もう一回見る?」
「ううん、もういいや。下降りて、何か買って帰る」
二人は階段を降りて、ミュージアムショップへ向かった。
「何買おうかな」
リンは商品を一通り見て回った。
「あ、このリフレクターかわいいな」
人型のリフレクターを手に取る。
「それ、歩行者用信号機の、止まれと進んでよしのマークだね」
「本当だ、買って帰ろう」
リンは2種類のリフレクターを手に取った。それからさらに一回りして、ホット用赤ワインと、チョコレートの包みを購入した。
ドイツ館を出て、バイクの所まで戻る。買ったお土産を鞄に詰め込んで、出発準備をする。
「リンさん、14時過ぎだ。まだどこか行けるけど?」
「そうねえ。そうだ、すぐ近所に1番札所があったね。行ったこと無いし、のぞいてみよう」
リンが言った1番札所は、霊山寺だ。バイクをちょっと走らせると、すぐに到着した。だだっ広い駐車場の片隅にバイクを止めて、境内に向かった。
「あ~残念。ご朱印帳持ってきてないや」
「まあーしょうがないね。お寺まいりするつもりじゃなかったし」
「う~ん、不覚」
リンが少し残念そうな顔をした。
「リンさん、さすが1番札所。いろいろりっぱだなあ」
境内をゆっくり見て回りながら、ジニーがきょろきょろする。二人は本堂の前で手を合わせ、頭を垂れる。
「さて、手も合わせたし、帰ろう」
「うん。リンさん、どこかでガソリン入れよう。さすがに無給油だと家にたどりつかん」
「そうね、ちょっとまって。近所のスタンドは・・・っと」
リンがスマホで検索する。すぐに何件かの表示が出た。
「あ~何件か出たけど、みんなここから南に下った所にあるわね。ジニーどこに行く?」
「う~ん。ここかな」
ジニーはアポロステーションを選んだ。
「じゃあここを目的地で、ナビ様召喚するよ」
リンはスマホのナビを起動し、設定する。
バイクは霊山寺を後にして、ナビに導かれながら走る。県道225号へ左折し、川を渡って県道14号に右折。そのまま走ると、目的のスタンドに到着した。2台ともハイオク満タンにして、再び14号を先に進む。
「リンさん、この先の交差点を右折するよ。その先に高松道板野I.Cがあるから、そこで高速乗って帰る」
「了解。休憩は?」
「豊浜かな?」
「うん、それでいいよ」
二人は板野I.Cから高松道に乗り、少し早いペースで豊浜目指して走る。
「やっぱり2車線になってから、走りやすいわ」
「でもリンさん、車は多いぜ」
「本州走るよりは、全然少ないでしょう。流れもゆっくりだしね」
「まあね。大阪とかの近畿圏走った時は、流れも速いし車間も詰まってるし、まあまあ怖かった」
「四国はのんびりしとるよね」
そんな話をしながら、徐々にスピードを上げる。風切り音でインカムが聞こえなくなり、二人とも無言で走る。
50分ほどで豊浜に着いた。
「着いた着いた。16時30分か、思ったより早かった」
「ふう~、一夜干しになりそう。お茶か何か飲みたいね」
ジニーとリンはヘルメットを脱ぎ、自販機でほうじ茶を買って、ベンチに座って回し飲む。
「はあ~、しみわたる」
「そう言えば1日2L水分補給しなさいっていうけれどさあ」
リンが突然そんなことを言い始めた。
「無理だって。私はそんなに飲めません」
「僕も無理だけど、唐突になぜそんな話?」
「ほうじ茶が体にしみこむ感じで、ふと頭に浮かんだだけだから」
「あ、そう」
そこで会話が途切れる。そこへ2台のバイクが、目の前を横切ってゆく。
「リンさん、あの2台アメリカンだけど、二人とも女性だったね。なぜ女性はアメリカン乗りが多いんだろう」
「う~ん、多分、足がつくからじゃない?」
「それだけ?」
「それだけでもないけど、足がしっかりと着くってのは、かなり重要だよ。頑張って片足のつま先がやっとなんてバイク、なかなか選ばないって」
「そうかー。日本人女性って、小柄な人が多いからなあ。逆に言えば、乗れるバイクが限定されるのか。それは残念だなあ」
「それでも私みたいに、SS乗ってる人も、たまに見るけどね」
「ごくまれにみるな。リンさん以外では」
「SS楽しいけどね」
「僕は遠慮するよ」
ジニーはちょっと肩をすくめる。
「さてリンさん、もうひとっ走りだ」
30分ほど休憩してから、二人はバイクを始動させる。ゆっくりと走り始め、導入路から本線へ出る。ペースが徐々に上がる。
「リンさん、どこか止まる?」
「いや、いい。家まで直行で」
やがてインカムが聴き取れなくなり、再び無言走行になる。新居浜I.C付近で先ほどのアメリカンを追い越す。ナンバーは大阪になっていた。この二人のように、わざわざ四国に走りに来るライダーは多い。地元の人には何でもない道や風景だが、島外の人には良いらしい。
1時間足らずで松山I.Cを降り、家へと向かう。周囲が薄暗くなり、空には1番星が輝く。街中の混雑を抜け、家にたどりつく。
「リンさん、お疲れ」
「お疲れ」
「すっかり日が暮れるのが早くなったなあ」
「今年の冬は、寒いらしいよ。もしかしたら、今日が今年の走り納めかもよ」
「え~、それは無いんじゃない?どれだけ寒くても、今まで走って来たでしょう?」
あ~でも、もうそういう歳になったのかもなと、ジニーは一人つぶやいた。
「
還暦夫婦のバイクライフ 11