諏訪敦 『眼窩裏の火事』
一
それは非日常な出来事を日常として描く手法である。かかる一文のように、ガルシア・マルケスに代表されるマジックリアリズムが説明されるのを目にしたりすると幻想生物や魔法が当たり前のものとして存在する世界の物語を描いたファンタジー小説との違いなんてないんじゃないかと思ってしまう。なぜなら後者の小説も魔法といった非日常を日常的な出来事として描いていることに変わりはない。仮に広義のファンタジー小説にマジックリアリズムの小説が含まれると考えても、「マジックリアリズム」と称されるだけの特徴が当該ジャンルに括られる各小説に認められるのだろうから、マジックリアリズムという名称を読者に納得させた様相はどのようなものなのか。それを探ってみたい興味に駆られる。
敬称を略して記せば、秋山瑞人や時雨沢恵一の著作を通してライトノベルの面白さを知った筆者は有名どころの作品を好んで読んでいるところ、正にファンタジー小説と思える物語ほど魔法の相性や術者の魔法「力」、あるいは剣や魔法の戦術的相性といった点が論理的に描かれており、その意外性で決着がついたりとファンタジーに満ち溢れる世界で通じる合理性がその面白さを支えていると強く感じる。言い換えれば非現実的要素の現実的適用という言うは易し、行うは難しの絶妙なバランスが読者を夢物語の中へと導いてくれる。
他方でマジックリアリズムといわれる小説においては起きた事象の詳細は描かれても、何故?の疑問には十分に答えない。その説明の必要が筆者の手によってごっそりと抜き取られる結果、物語全体がそのブランクに向かって傾いていき、言葉足らずで奇妙に保たれた角度が詩情性を呼び込み、非現実の空気を胸一杯に吸い込んだ読者が結末に向かって彷徨い出し又は眩暈の最中で失踪する。それを拒み、防衛しようとする意識は不明瞭な視界と震える足でどうにか立とうとしてそこら辺りに手を伸ばすから、どうにか掴むことには成功する、けれどそれは不確かな現実であり、作者の意図的な作為で齎された物語上のアンバランスとなっている。この点をもって唯一無二とするのがマジックリアリズムと呼ばれる小説。当該ジャンルの紹介文として、筆者はこう記してみたい。
二
他の動物ではない人間が、他の動物がその身体で見ているものをキャンバスの上に精緻に描いたとしてもそれは想像の域をきっと出ない。
では、と他の人間が見ているものとして一人の画家がキャンバスの上に精緻な像(イメージ)を描いたとしても、やはり事情は変わらないだろう。外界の情報を取得する身体的機能の一般性ないし共通性を考慮しても、その脳内で統合された像(イメージ)が真実、画家がキャンバス上に描いたものと同じかどうかを誰も知れない。したがって、かかる仮定においても画面上に表現されたものから想像の要素を取り除くことはできない。
では、と画家自身がいま現在見ているもの又は過去の記憶して思い出したものをキャンバス上に描いたという場面において、そこに表現されたものが想像ではなく現実であると断言できるだろうか。
まず五官の作用で得られた情報が脳内で統合された結果としての像(イメージ)であったとしても、それは人間が知れる「現実」の現実としてその有り様を了解し合える。
この時の了解の意味が、画家が他人のそれを描いた場合と同じでありながらも大きく異なると考えられるのは、それを見ているという画家の発言の真偽を判断する時に参照する人の脳内で認識可能な像(イメージ)の近似性がその正しさに迫る間接証拠の一つにはなっても、それを否定する直接証拠には決してならない。このことは第三者の像(イメージ)を画家が描いたという場面においても変わりなく、画家の発言の正しさを根拠づけるものとして人一般が認識できる像(イメージ)の近似性が推認過程に十分な反論可能性を残す間接証拠としてしか機能しない。故に画家が描いたものは私が見ているものではないと第三者が否定するのは難しくなく、反対にキャンバス上に描かれたものが真実、私が見ているものと同じであるという画家の発言を第三者が否定するのが極めて難しいという事態に至る。要するに、間接証拠に基づく推認の弱さがそれぞれに異なる帰結を導いてしまう。以上のことからは、画家がキャンバス上に描いたものは本人が見ている現実のものと変わりないと一応認めるしかない。
他方で目の前の像(イメージ)が記憶を元にしたものであった場合はどうかと考えれば、もの忘れなどの日常的の出来事を考慮しても、描かれたイメージと記憶との合致をジャッジできるのは画家本人であるといえるし、またその同一性を判断する際に他者の記憶を参照するとしても、記憶した当人が当時置かれていた立場や状況あるいは対象に抱いていた感情などの主観的要素に鑑みると、他者の記憶自体の正しさに疑義を呈し得る。それでは、と別の他者を連れてきても事態に変わりはないから、結局画家の記憶が正解か否かという判断の水準をどこに置くかが重要となり、結果として画家本人のジャッジを取り合えず尊重するのが妥当という結論を出せる。こうして正しさを判断できる画家の存在が決め手となって、画家が描いたそれを想像ではないと言い切れる余地が画面上に生まれる。
したがって、いやだからこそ、ここから翻って画家と同じようには目の前の像(イメージ)の正しさを判断できない第三者が目の前のキャンバスに描かれているものの正しさを「想像」的に見るべきだと結論づけるのは、決して不合理ではないだろう。すなわち鑑賞者においてはどこまでも非現実的な像(イメージ)に対して想像を働かせ、それを現実のものとして受け止める、その時にこそ生まれる飛躍が鑑賞行為を情報処理という無味乾燥な身体的事実から引き剥がし、意思主体として覚えさせる美しさや憧れ、あるいはそこからさらに裏返ったものとして蘇る幻想という種々様々な認識の体験になる。そうして残る記憶が異彩を放つ存在感として思い出される度にその意味を問う、それに答えようとする意思の作用が世界の見方を変えていき、目の前にある像(イメージ)を特別視する。表現物に対して抱く鼓動が、いつしかこの胸にあるものと変わらなくなる。
こうして描かれたものの現実をジャッジする権利ないし立場の違いを巡って生まれる描く側と見る側の隔たりこそが画家の手になるものを表現物たらしめるのだから、悲観する必要など何処にもない。
三
再び敬称を略して記せば、府中美術館にて個展『眼窩裏の火事』が開催中の諏訪敦の絵画表現は描こうとする対象やテーマに対して綿密で膨大な取材を行い、それを元にして何度も何度も制作過程での試行を繰り返し、床のタイルといった現物の風化の一つも見落とさない写実極まるイメージを形にする。
その一例として挙げるべき本展の第1章、『棄民』において画家は脳腫瘍で倒れた父が寝たきりになった状態を描いている(「father」)。ベッド脇に通されたカテーテルと尿がたまった袋まで描くその表現は、見方によっては残酷とも思える。けれど、かかる一枚のどこに意識を集中させても表現欲とでもいうべき刃のようなギラつきが見当たらない。寝たきり状態になった父の姿を見つめる画家の現実がとても静かに淡々と現前している、ただそれだけである。たとえ殺されることになっても客観視を止めようとしない、そういう覚悟をその一枚から喚起させられる鑑賞者は次第に画家本人の内心へと想像力を羽ばたかせてしまう。それは安易に思い浮かべてしまう悲しさか、あるいは喜怒哀楽が混ざりに混ざって識別不能になった感情の果ての諦念か。それとも、思いに満ちた祈りなのか。身に付けた確かな技法を駆使して自身のリアリティの境界線を探るように描かれた「gaze」という小作品からも窺えない情感の、しかしながらその気配を覚えたと判じる筆者の「これ」は何なのか。超写実主義といわれる表現に覚えることがまずない「これ」の存在感は、そのまま画家の祖母を描いた「棄民」の一枚を前にして拡大する。
寝たきり状態の父が別の病で亡くなった後、遺された手記から発覚した事実、すなわち画家の祖父母が幼かった父を連れて太平洋戦争が終結する頃の満州へと渡ったが、ソビエト連邦(当時)の侵攻に追われ、留められた中国のハルビンの収容所で栄養失調と発疹チフスで亡くなっていた過去を知ってから画家は旧満州地区へと赴き、取材を重ね、完全には知り得なかった父が見たはずの光景と祖母の姿を描いた。
「棄民」の画面上で焼かれている、というより画面の外の胡乱な穴に吸い込まれていく肉を想像してしまう祖母の頭蓋骨が際立たせる受け身と、その祖母に抱かれたままのあどけない表情が未来に向けて失われていく父の佇まいはどうしようもない悲しさとなって理性を乱し、純粋ぶった心象の形を崩していく。あるいは吹雪く冬景色の真ん中に何の理由もなく残された遺体が朽ちていく様を一枚の絵としても、また映像としても表現した「HARBIN 1945 WINTER」では画面を彩る自然描写の真っ白な美しさと肉体という物の運命を手放さない物理法則の冷酷さがしっかりと手を組んで、普段は意識しないで済んでいた死に纏わる何もかもを引き摺り出しては一鑑賞者を悩ませる。
恐れと救い、悲痛と鎮魂。死にたくない、と正直に吐露できる本音と現実を担保するこの身体のことを心底思い遣らずにはいられない。だから上記した各作品と並んで展示されていた「依代」の、モノクロな肉体美が果たしていたものの意味は画家が想定する以上のものでないかと鑑賞していて強く実感した。この点は、想像することしかできなかった鑑賞者たる筆者の現実として譲ることができない一線となっている。
四
恐れを知らない素人として諏訪敦の表現について評してみれば、当該画家が成すべき到達点と見做した世界を形作る技法と理論は人間として知れる「外」の世界へと鑑賞者を難なく導く代わりに、その極北で覚える主観的連関の嵐へと無慈悲に放り出す。想像するまでもないその大変さをもって、けれど他の表現作品からは決して覚えられない無類の感動へと繋げても短絡の謗りを免れ得るだろう。
数学的にも幻視できる確かな空間性と代謝の果てに生まれ持った細胞の全てをすげ替えた人間の、ある種の厚かましさを見定めて画家は愛に近い表現を行う。可能性と共に踊り明かすパフォーマーの静止した姿を動的に表し、ダンスという表現の核心を露わにして高みへの憧れにまで昇華してみせた「Mimesis」と老いを知らないイメージと重なる人物像の、その過ごして来た長い年月を隠せない実際がけれど愛すべきリアルとして表現された「「ラ・アルヘンチーナ頌」を踊る川口隆夫」の二枚に見惚れる瞬間を象っていたもの、また諏訪敦という画家にとって大きな存在であった舞踏家、大野一雄が100歳を迎えて自宅で寝たきりになった様子をここでも極めて写実に描き切った「大野一雄」が完成するまでにあった葛藤、すなわちその口を閉じて描くか又は開いて描くかという悩みから掬い取れる敬愛を筆者は大切に仕舞う。依頼された作品を完成できないままに終わることがままあるにも関わらず、その制作方法を変えない覚悟はたとえその命が尽きたとしても対象を見つめ続けるという画家の命そのものといっても過言ではない。内なる現実を描いて外に表す。その力強さをこそ忘れてはならないと今も深く思うのだ。
そんな画家の視界に入り込む『眼窩裏の火事』は、コロナ禍の時期に静物画を例にとって試みられた絵画表現の将来的な実践として鑑賞できる。写実の領分に入り込むそれもまた画家が直視するリアリティであり、鑑賞者の想像を存分に刺激して全ての世界を押し広げる。
五
好みは人それぞれと自覚する筆者はあまり強い表現で何かを勧めしたりしないよう普段から心掛けているが、本展に関しては断言口調で記したい。諏訪敦の『眼窩裏の火事』については是非とも、府中美術館に足を運んで観に行って頂きたい。美術に対する見方は、本展を観る前と観た後では間違いなく変わる。その貴重な機会を見逃して欲しくない。
現実か非現実かを問われなくなった作品こそ画家個人の思いを浮き彫りにするものはなく、また語らずに語ること以上に詩的表現を誘い込む魔法もこの世にはない。だからこそこうして言葉にする、リアルもマジックも等価に扱われる境界線。そこに飾るべき絵画表現に出会えた嬉しさを言葉を超えて実感するその時に、感動を覚えない訳がない。
この一文に走る理性と直観を、筆者はこれからも愛し続けたいと思う。
諏訪敦 『眼窩裏の火事』