炎の王 2

それは近づいてくる。気づいた時には、手遅れなのだ。

 図書館を出て宛もなく彷徨っていると、トムは時々、ある不思議な感覚に陥る。今見ている光景は夢のようなもので、本当は自分の体はベッドの中で永い眠りについているのではないか。もしくは、この世界そのものが、何かしらの永久的存在による空想の産物、その微睡みの中にあるものなのではないかと。
 本の読みすぎだろうと、些細な妄想を頭から振り払う。読むといっても、文学や参考書、歴史小説など手を出す分野は様々であり、それを記憶するというより、ただ並んである文字を言葉としてなぞるだけだったが。ただ、文字の羅列を眺めていると、不思議とトムの心は安らぎを感じるのだ。

「最近顔色が随分良いようじゃないか?」
 彼とは違い、芸術家を目指す友人レイに、たまに落ち合う近所の公園で、開口一番にそう言った。レイは普段は俯き加減に歩き、暗い気配をしていたのだが、今日は少し張り詰めた雰囲気を醸し出している。
「夢を、見るんだ」
「夢なら俺も見るさ。俺の描いた絵が真っ白でデカイ美術館に飾られる」
描いたこともないが、強がらなければやっていられない。
「違う。同じなんだ。いつも同じ夢なんだ」
「じゃあ君は、どんな夢を見るっていうんだ?」
明らかにからかっている調子で、レイに聞いてみる。しかし、
「分からない。口に出したら霞んでしまう。イメージは出来るんだ。ただ、言葉に出来ない」
「はっ!流石芸術家様だね!」
から笑いを吐きながら、彼は言い様のない焦りを感じた。
 自分には何も無いのに、何も努力をしていない。何も持っていないのに、手に入れようとしていない。しかし、彼には自分にない才能のようなものがあり、そして何かを掴み取ろうとしている。そう感じるのだ。
 レイを置いて公園を出るとき、納得のいかない不安だけが、彼の中に残っていた。


 白昼夢のような朧げな目眩。視界が白く染まったその刹那。トムの意識は空の彼方。宇宙のその向こう、外宇宙とも呼ぶべき最果てを覗き見る。そこは不可思議な場所だった。上下左右のない無の空間。遙か先には数多の光球が揺らめき、時の概念すら曖昧になる場所。
 そこを浮遊するトムは、それが夢だと理解しつつ、しかし、不意に強大な何かの存在を感じる。遙か先にある光球の一つ。それは、明らかにこちらに近づいてきていた。一直線に。確実に。業火を纏い、圧倒的な圧を放ち、それはトムを凝視していた。

炎の王 2

炎の王 2

続きです

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-04-19

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted