炎の王
とても澄んだ空気の朝だった。ふと目を覚まし、部屋のカーテンを勢いよく開け放った時、ふと見上げたいつもの天外を凝視した。群青色の空の彼方。煌々と光り輝く太陽と例外的な反比例の倦怠感。
それは、とても澄んだ空気の朝だった。
トムが住むその町は、時代錯誤と言わんばかりな構造をしている。隣の町に張り巡らしてある地下鉄は届かず、地上にさえ公共の乗り物は存在しない。バスなんかは避けるように走っているし、タクシーで来ようものなら、運転手に舌打ちをされる。そもそも、町の中に車が走れるような広さの道自体がほとんどない、あまりにも異様な様相をしていた。
トムはその町で、とある芸術家と知り合うことになる。彼は不思議な夢を見ていて、それをなんとしても絵にしようとしてるようだ。トムには理解できない感覚だが、芸術家を目指す人などそんなものだろうと、いつもいい加減な皮肉を込めて、彼の悩みをはぐらかした。
トムに夢はない。知り合った件の芸術家には、自分もそうだと名乗ってはいるが、アートになど興味はない。万が一金になるなら、小金を稼ぐ為に協力くらいはするかもしれないが。
普段彼がすることと言えば、なけなしの貯金を切り崩し、日々細々と食いつなぎながら、日がな一日町の無駄に古めかしい図書館へと足を運ぶだけである。
「何時も此処にいるのかい?」
その人物は、トムが特に興味のない天体の図鑑を開いた時に現れた。
怪訝に顔を上げたトムには、その人物が男か女か見ただけでは分からなかった。中性的で良く通る美しい声に、長い睫毛、キリっとした眉や自信に満ちた瞳は爛々と輝いている。
一目で性別は分からないが、一目で分かる。苦手なタイプだと。
「何時も此処にいる。やりたいこともないからな」
「この町には芸術家が集まるんだろ?創作活動はしないのかな?」
「偏見と決めつけだな。皆がそうじゃない」
残念、と小首を傾げる仕草は少し愛らしい。この短時間で様々な印象を持たせる人だ。
「それじゃあ君は、此処で何をしているのかな?」
トムは少し考える。少し考えて、答えが出ないという答えが出た。
「ところで、アンタはここに何をしに?」
「少し調べ物かな。人探しも兼ねて」
そう言いながら、質問に答えないことを気にもせずに、掌をヒラヒラとさせながら図書館の奥へと消えていった。
きっとやりたいこと、やらなければならないことがある人なのだ。そういう人を見る度に、トムは少し嫉妬し、劣等感にも似た焦りを覚えるのだ。
炎の王