Another
「泳げないのに連れ出されて、」
紛らわしい言い回しで掻き乱す。
近くの水の体積は
演奏家だった
弱い脚力に応えて、
広がる。
向こう岸には届かない
けれど、
心の襞と
連弾は、
端の方から
少しずつ
印刷済みの紙を破る。
「反復練習を続ける、」
フクロウの、
形態模写を続ける手。
賢き象徴の真実を
大切に、
大切に
見て取る。
羽根を広げて、
受け止める。
人の姿を忘れて
メトロノームを動かして
規格品の時計より、
少しだけ
早く生きて。
触れると傷が付くから。
そう言って泣いて、
鍵盤を忘れられない、その主。
誰が、
どちらが
傷付くというのか。
どちらにも関わる大事な話を
わたし、
という口は語れない。
だから
音楽室に浮かんで消える、
木目調。
あちらを向いていた
フクロウが、
こちらに首を百八十度に回した
そういう奇跡。
それを
全身で浴びる、あの反射光と一緒に
言葉にできたら
嬉しいのだろうに。
ねえ、主。
ねえ、主。
呼び掛ける革の黒い長椅子。
「干上がるみたいに目覚めて、」
情念たっぷり。
厚いトーストに塗りたくなるぐらい
熱々と、
甘々で
目玉焼きも付けようか。
綺麗に重ねたお皿を持って、走って
急いで進む、
磨かれてばかりの長い廊下を走って、走って。
知らないクラスの教室に
全てを
思いっ切り、
投げ込んだりして。
そんな悪ふざけをちゃんと、この水の底に沈めたり。
パリンと
一周回って、
反射する。
ワタシの丸い、丸いレンズ
見てみたい
その底。
山積みになった
楽器の中から
差し伸べられるその意思に
だから
話し掛ける、暗やみ。
奏でるために研究されたその形。
ワタシはまた
ユウレイみたいに
真面目になる。
「思い出を。」
繰り返す、
指を差されたあの日から
玄をしならせ
後ろを夢見て
音が流れた。
好きな声だけ、好きな分だけ
罵り合って、
闘い合って、
高め合って、
反復と練習。
スライドする扉の
勢いのあるガラガラに、
指を当てる真夜中と、
チクタク覚めない規格品。
手を止めて見上げる、
汗と鼓動、
思いは
極めて正しく表現でき、
考えは
仕切りを失くして漏れ出す。
カラフル、と
よく言葉にしていた
水面を強く、蹴っ飛ばして。
最後の最後まで奏でようとして。
伴奏と共演は
水と油。
交わらず、
名付けられない、在り方を。
その端に、
積み上げられた冊数の
一番下の約束を
長く、
隠していたくて。
会いたくて、
もう、堪え切れずにプールサイドをひたひたと走って。
「四月は、」
新しい季節
君が見えない、眩しい時季。
脛が痛くて泣きたくなる。
嘘を探して歩きたくなる。
ピアニカは簡単な作り、
即興は
きらきら光る有名な星。
満開の花は綺麗で
見上げたくなる。
始まりに戻ってまた、始めたくなる。
ジャングルジムに登ってた
あの日と演奏家。
少しの涙と悲しみを。
恋を覚えた、
一風と。
いつかまた遊びたくて
泳ぎたくて。
歩き出す、
新しい可能性。
黒鍵と白いばかりの指を重ねて。
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