彩色のある 3
全て幻か。はたまた…
意識の深海から帰還したレイは、公園のベンチで目を覚ました。何故そこにいるのか、何時からいたのか。体の倦怠感に違和感を覚えながら、白濁とした盲目の快感に酔いしれる。
歪んだ扉は存在するのか。果たしてそれは彼の中にだけある妄想なのか。伸ばした指先は触れかけた。触れられるのなら、描くことは容易な筈なのだ。
「僕はどうかしたのか?」
昼下りになり、たまたま公園にやってきたミケに、レイは単刀直入に聞くことにした。質問の意味などは意味など分からないだろうが、レイの頭は不思議な高揚感と、その原因が分からないという曖昧で不気味さな衝動を、どうにも抑えられないのだった。
「どうかしたかって、この町にいる奴は皆どうかしてる。交通の便も悪い。観光地もない。旨い飯屋なんか、どこにでもあるチェーン店が一番ときた」
「なのに皆、ここに集まる」
「そうさ。そんな理由なんてない筈なのには」
オレも含めて。そう自虐的に笑うミケに、自然と共感を覚えながら、レイは確信した。
やはり扉など、ある筈がない。あれはただの妄想だったのだと。そうでなければ、頭の中に異物の混じった自分自身を、肯定などできない。
自室に戻ったレイは、部屋の隅に置かれた一枚のキャンパスに向き合った。
絵は壁の方に向いて置かれており、何も無い部屋に、同調できないコントラストを生み出している。
そこに描かれている、頭の中にしかない歪んだ扉。それを今一度見ることで、このおかしな妄想から抜け出せる。そんな気がしていた。
レイは、己が描いた絵を見る。しかしそこには。
それはセピアそのものだった。全てが暗い茶褐色に染められ、どこまで行っても暗雲の晴れない時代。キャンパスの中には、描いた覚えのない世界そのものが広がっていたのだ。道行く人は希望のない瞳を、ただ足元の泥水に溶かしていくだけ。濃厚なほど汚染された大気が、それを見るレイの肺をも圧迫してくるようだった。
そしてレイは気づく。描いた覚えのない世界。その中にはあの歪んだ扉があることを。しかもそれは、静かに、ゆっくりと、確実に開き始めている。
とっさに手を伸ばすが、レイの指先はセピアに染まり、暗雲の中へと溶けていくだけだった。扉が開けば、良くないことが起きる。その確信に恐怖しながらも、この絵を描いたのが自分なのだと、そう考えただけで、あまりにも気持ちが昂ってしまう。
きっと向こうには素晴らしい世界が待っているのだろう。扉の先、彩色のあるその世界の深層意識に、レイは飲み込まれる。そこがどんな場所かは分からない。
あぁ、それでも、それこそが凡庸な彼が望んだ、些細な夢そのものだったのかもしれない。
彩色のある 3