純真な少女
あるところに女の子がいた。森の木々に囲まれた赤い屋根の小さな家にだ。深緋色の瓦は色褪せ気味にも関わらず色鮮やかに見えるのは、白いペンキで丁重に塗られた板が釘で打ち付けられた壁面、地面に青々と元気よく生きている青草、燦々と照らす太陽のおかげだろう。白い柵で家の周りは囲われていおり、その役目は森と区切りをつけるためだ。しかしながら、柵はひどく広く囲っているため、少女はほとんどその恩恵を受けることはない。森の中と言えど、緑豊かな草原に立っていると考えてもらってもいい。透明な目をした少女が暮らしている場所の説明はこれくらいにしておこう。
少女は毎日緑の上を駆け回った。毎日、毎日。来る日も、来る日も。しかし、その彼女の楽しそうな笑い声はいつまでも続く訳ではなかった。
ある日、いつものように遊んでいた少女はある違和感を抱いた。青空は雲がかってどんよりとし、いつもの爽やかな風は生温く、どこからか枯れ葉を運んでくる。すると遠くの方から声がしてきた。豪快な話し声や気高い笑い声。少女はその初めて聞いた声に、ふと不快感を覚えた。声がだんだん近くなってくるにつれ、緊張が高まっていく。彼女の目には涙が溜まっていった。
その緊張が最大限にまで達した時、俯いていた少女の視界に、足先のとんがった大きな革靴と少しでもバランスを崩すとひっくり返ってしまいそうなほど高い真っ赤なハイヒールが映った。目線を少しだけあげてみると、ぞろぞろと草を踏み潰しやってくる人がまだまだいる。また目線を少しあげると、視界満杯までおじさんとおばさんの顔がありひどく驚いた。驚いたのはその近さではなく、その人たちのにたにたした笑顔であった。その顔にひどく嫌悪した。
その人たちは少女の親戚だと主張した。少女は微かな親の温もりしか覚えていなかったが、それは今後を生きていく上で十分すぎるほどの温かさだったことも覚えていた。そんな親とその親戚たちはすこし違う感じがしていた。それはその親戚と名乗る人達には一欠片も愛しさが感じられなかったからだ。その人達が突然会いにきた理由は少女の住んでいる草原を譲ってもらうためで、その土地をお金儲けに使うということだったが、説明もなく契約書を見せられただけでは少女に理解は出来なかった。契約書にサインすることを少女は涙を流しながら拒んだ。特に訳はないが今後、この暮らしができなくなるかもしれないと直感的にわかったからだろう。親戚たちは少女の頑なな意志により、「また来る」と言って帰っていった。
その人たちが見えなくなった後、少女はその場に崩れ落ちた。目の前には散らされ、必死に生きていた証を一瞬にして失われ、尊い命を虐げられた草が広がっていた。女の子の目に涙はなかった。
純真な少女