Thoto

月明かりの中、私は朽ちた神殿と、どこまでも続く砂の海の中に立っていた。

昨夜までは、“私”はここに存在していなかったのを、私自身が知っている。

空の風に、砂の中に、火の温度に、豊かな水の中に——。
“私”はそこにいて、そして“どこにもいなかった”はずだ。

目の前には、三人の神々が立っている。

「あなたは、どんな望みを持って 命を授かったのかしら?」

美しく微笑む女神が私に問いかける。
私……そう、“私”は——。

「“愛”を知りたかったのです」

愛と運命の女神へと応えを返す。
それを聞いて、優しく笑顔を向けてくださる彼女は、美の化身だ。

「空を飛びたかったのです」

総てを見通す飛翔の神を見つめそう言うと、彼はハヤブサの美しい翼を広げ、私を歓迎するかのように羽ばたかせてくれる。
とても、力強い瞳で。

そして——。

「何よりも、月に触れてみたかったのです」

知恵と時空、月の神を見つめ、そう言う私の声は、どこか震えていた。

彼の黒目がちな、大きく丸い瞳が、言葉に含まれている様々な意味を読みとり、時を止めたように息を呑んだ。

自分の体が、燃えるように熱いのがわかる。
この頬は、赤く染まってはいないだろうか?

ああ、私は生きている——。
滲んだ景色の中、そう思った。

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-12-19

Copyrighted
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