久方
久方
骸という聞こえは強いから
私という鼠を放つ
小さな口と
小さな歯が
徐々に
徐々にと
穴を開けて
通るか否かの
灯りが一条、耳目の向こう
反射を兼ねて、
こちらに見せる、
虚(うろ)の賢さ
亡きことの逞しさ
たましいという、存在の形。
吸い込んでしまいそうな、伝説という匂い。
落ち葉が積もった墓標の周囲
「書かれしことの若き姿」
閉門時間がないここの、
始まりに集まる五人が居たとさ。
嘯く春の囀りに
冬の彫像、曇り雪なく
唄に失くした小雨、
裂けた顔から
差し込む日の夏。
ここにあるのは「 」だからと
囁やく体温、
寒さを握り、外には出していない両の手。
服を着ている今の私たちには、
霜を殺してここまで来た
私たちでは、
見えない。
明明朗々、
永久(とこしえ)の舟なんて。
焼け割れる薪木の音は
捲る頁を早めていった。
前のめりになって影を作る
私が邪魔で、
邪魔で。
座っていた椅子の後ろ、
事を終えたばかりの水は
陶器の容れ物に打つけられ
音を絞って飲まれる、
石のように眠る
ジャコメッティ氏の犬。
愛でる恋は美しく
読まれ、語られ
重ねられるごとにしゃがれる老い。
私たちは微笑み合う。
改めると私は、
目を口の代わりにし
指を衝立とし
辿々しく述べる。
呼べばすぐに成る姿は必ず呼ぶ側に、
そして
思うたびに消えていく気配は、
我(われ)のまま。
向かい合うから、
悲しいことは近いことで、
嬉しく思うは明日のことと。
夢見る足と
今宵の話題は、
見えやしない。
だから
詩句を下ろして読むことは、
発するコトは
氷点下より。
覚悟して私たち
二人同時、
徐に
歩き出す。
常世(とこよ)に招く。
現れ、上る、煙に巻かれず
瞬くたびに
話し、
消えて
あの世の針は写され、焼かれる。
伝説的な存在を
置いて飾られる花々を
私たちが今し方見てきた。
舞い踊るような冬の裾野の、
誰も彼もが
身体を引き締められる強き風が引き込まれていく、
存在が眠る。
あの一角に
「我々は、あらゆるものを置いていかなければならない」
幼き頃、と発してしまい
自覚して
あの頃にね、と言い直す。
寒さを堪(こら)え
それぞれに片手ずつ外に晒したものを繋ぎ、
意識して
転ばないよう気を付けて
記憶たちを結び出す。
夏が過ぎた頃に生まれた私が、冬を迎えて立ち上がり、大鹿に拐われて外界を知った。その時に持ち帰った刃を握り締めて手のひらに傷を付けた。大鹿はそこを嗅いで舐め終えた。痛みを知り、大声で泣いて、たじろいだように後ずさる大鹿に向けて私は何もかもを投げ付けた。そうして走り去った後ろ姿を、私は今も追っているんだよ、と。痛みも痕もあることが、そしてそれを覚えてばかりいることが。
感謝するように煌めく、細々とした証だからと独りごちる。
返される力が、弱々しくて。
けれど、
真新しくて。
久方