ネジ
こどもだった頃、機械を分解するのが好きだった。機械と言っても目覚まし時計やオモチャのようなありふれた比較的単純なつくりの物だ。そして分解したあとに元のとおりに組み立ててみるのだが、なぜかネジが余ることがある。しかし組み上がった目覚まし時計を見ても何ら異状なく動いていて、このネジはどこで何の役目を果たしていたのだろうと首を捻ることになる。そんな僕を嘲るかのように目覚まし時計は時を刻み続けていた。
その夜、僕はガールフレンドの一花とホテルのレストランでディナーを済ませ、そのままホテルの一室で事に及ぼうという段階になっていた。交代でシャワーを浴びて汗を流したあと、一刻をも争うというようにお互いの体を求めベッドに倒れ込んだ。まずは彼女が僕を愛した。仰向けに横たわった僕の上にうずくまるように覆いかぶさり、僕を口に含んだ。口でするのが好きだと言っていて、実際に上手い。口内で舌先を巧みに使い、僕の裏筋の先から根元までを丁寧に執拗に刺激を繰り返す。潤いを含んだ音を立てながら頭を上下に規則的に動かし、その度に腿から膝の辺りに柔らかな胸の感触があり、その先端の突起が硬さを増しているのがわかる。時折上目づかいでこちらを見て、視線が交わると舌が一層複雑な動きをして、僕の脊髄から頭頂に向かって電気のような刺激が駆け抜ける。
「ああ、もうだめだ」
僕は果ててしまった。彼女は身を起こした。だが、なにやら妙な表情をしている。オムレツに大きな卵の殻が入っていたというような顏だ。「んー、んー」と手でティッシュを要求していたのでナイトテーブルに置いておいたのを渡すと、数枚抜き取りそこにペッと口の中のものを吐き出した。見るとそこには液体に混じって小さなネジがあった。長さ3ミリほどのナベ小ねじでステンレス製のようだ。
「なんだいこれ」僕は聞いた。
「ネジでしょ」
「いや、それは見ればわかるけど。歯の治療に使ってたのが取れちゃったとか」
「私のじゃないよ。それにこんなの歯医者じゃ使わないでしょ」
「そうだよなあ。というと、これは僕の体から出たってこと」
「だと思うよ。勢いよく口の中に飛び出してきたから。危うく飲みこんじゃうところだった」
彼女はティッシュをさらに一枚抜き取ると、それでネジを綺麗に拭いた。指先でつまんで眺めている。
「石ならまだしも、ネジが体から出てくるなんて聞いたことないぜ。それにこんなのが尿道を通って出てくるなんて考えられないよ。だいたい、これは僕の体のどこから出てきたって言うんだよ」
「そんなの知らないよ。私がわかるのはこのネジがあなたの体から私の口の中に出てきたってこと。ただそれだけ。ねえ、体でおかしいところないの。なにか感じない」
「いや、特にないなあ。あるとすればスッキリしたってところか」
「もう、バカ」
僕は自分の体のあちこちを触ってみた。熟練の板金工が仕上がりを確かめるように。だが痛みもなければ変わった所も感じられなかった。
「どこのネジかなあ」独り言ちる。
ネジの感触を指先で確かめたり、鼻先にもっていってクンクンと臭いを嗅いだりしていた彼女が言った。「ねえ、このネジ貰っていい」
「ん、別にいいけど。でもそんなのどうするの」
「なんとなく気にいっちゃった」新たにティッシュをとると丁寧にそれに包んでハンドバッグにしまう。「大事にするね」
そして僕たちは続きを再開した。おかしな出来事のせいか、行為はいつもより激しかった。
その後一花とは数回ディナーを共にしたが、結局会わなくなってしまった。別れが宣言されたわけではなく、それは自然消滅的なものだった。積もっていた雪が春になりいつの間にか消えていた、そんな終わりだった。
僕はたまに彼女が持ち去ったネジを思い出す。あのネジは僕のどこから抜け落ちたものだったのだろうと。そして、そのネジを失ったことで僕は変わってしまったのだろうかと。彼女に電話をかけて訊ねたい衝動に駆られる時がある。
「やあ、あのネジはまだ手元にあるのかい」
ネジ