日向
日向
「はあ」
奈摘さんのため息でわたしは、現実へと戻ってきた。ため息をついたということは、きっとまた、嫌な夢でも見たんだろう。寝起きながらに、そう察する。ごそごそと音を立てて、奈摘さんはゆっくりと体を起こす。
一滴の水粒が、わたしの手に流れてきた。ああ、また泣いてるんだ。ぐっと手に力を入れながら、すうすうと寝たふりをする。
「んっ」
――突然の接吻に、つい声が漏れた。恥ずかしくなり、身体が熱くなるのを感じた。
「もうーなぁにぃ……奈摘さん……」
我ながらわざとらしいセリフだ。ごめん、奈摘さん。わたし起きてたよ。また泣いてたの、知ってるよ。そう心の中で呟きつつ、わたしも同じように体を起こした。ふふ。目元を抑えながら、奈摘さんは笑う。かわいい。ドクドクドクドク。心臓の音が、わたしの心臓にも当たって聞こえてくる。なんてかわいい人なんだろうか。
「おはよう日向」
穏やかに笑って、わたしの頭を撫でてくる。
「あい……あ、雨」
ぽちょりという外の音に、雨が降っているということに気でいて、ちらりと奈摘さんを見ながらそう言った。ん、それがどうかした? と首を傾げながらそう聞かれる。はあ、かわいい。
「奈摘さんって、雨の日機嫌いいよね。なんかキラキラしてるっていうかさ。すごいキスしてくるし。……雨好きなの?」
奈摘さんは、雨の日になると、いつも窓の外を見ていた。ぼーっとしているようにも、嬉しそうにも見えて。そして、わたしと目が合うと決まってキスをしてきた(だから梅雨の時期は凄まじい)。なぜだろうと思いつつ、踏み込んではいけない気がして、いつもは聞けなかった雨のこと。
「ばれた?」
「やっぱり。なんで?」
奈摘さんは、
「感情みたいだからかな。なんか、神様が泣いてるみたいじゃない?」
どこか寂しそうに、苦しそうにそう言った。その瞳は潤んでいるようにも見えて、次はわたしが泣かせてしまったのではないかと少し不安になる。
「へえ、神様も泣くのかなあ」
「きっとね」
ぎゅっとわたしは、奈摘さんに後ろから抱きしめられた。
奈摘さんの腕には、数えきれないほどの傷がある。自傷行為で切ってきた、たくさんの傷が、腕に痕として今も尚刻まれている。そんなかわいい、愛らしい腕に包み込まれたわたしの身体は、どんどんと奈摘さんの匂いに染まっていった。
「なあに?」
「なんにも」
さあさあさあ。雨の音が強くなる。
それに合わせて、奈摘さんはわたしを脱がしてくる。Tシャツから一枚一枚、丁寧に脱がされる。そして、首元に強く吸い付かれた。
「あっ……」
「かわいい」
少し笑いながら、そう言われる。奈摘さんの方がかわいいよ。そう言う前に、口を塞がれる。舌が絡まりあっていく。息がしにくいはずなのに、とても心地よくて、安心した。時折漏れ出す、奈摘さんの声が、愛おしくてたまらない。
「日向今日、やけに受け入れてくれるじゃん」
「まあね」
「なに? そういう気分なの?」
「そんな感じ」
ふうん、と嬉しそうに笑われて、なんだか恥ずかしくなる。顔が熱くなってきた。仕返してやろうと下を触ると、部屋中に音が立った。
「あれ、奈摘さん早くない?」
「誰のせいよ」
「ごめんって」
むう、と頬を膨らませて拗ねる奈摘さんが、世界一愛おしい。好きだ、大好きだ。好きで仕方ない。
奈摘さんは時々、妹の芙由美さんの話をしてくる。楽しそうに、自慢げにしてくる。それに嫉妬して、行為の時はひたすらいじめたくなる。泣いてしまう。たくさんの声を漏らしてしまう。そんな奈摘さんが見れるのは、わたしだけだというのを感じたくてつい手を動かして、キスをしてしまうのだ。
「ひなたぁ」
はあはあと息を切らしながら、涙目でわたしを呼ぶ。
「なあに」
「なんでもない」
少しイラッとしてしまい、ただただ動かす。息をさせないように、キスを落とす。達するように、奈摘はわたしのものだと叩き込むように。
「愛してるよ日向」
「私も愛してる、奈摘さん」
日向