不条理な世界
先はまるで見えない。いくら進んで終着がなく、進めば戻ってこられないような畦道が僕を魅了する。若くはあるが晩年であるかのような心境になる。はるかなる青野が無限に続き、大海原を眺めれば地平線が地球の丸さを実感できるように、右から左へと視線を動かすとそれが丸く帯びていることを感じられる。遠くでかすかにつらつらと稜線が続き手前には先がはっきりと観測できるほど綺麗な空気の中に燦々と輝く陽光にダイヤモンドダストのように反射した湖水がある。ぼーっと眺めを堪能した僕はふと我に返るが、前の記憶が何も出てこないがふとした瞬間フラッシュバッグする。僕は記憶を取り戻す。
「僕は死んだのか」
かすかに途切れていて、久しぶりに発したかのような寂声が頭の中で反駁し、自然の中で朽ち果てていれば幸せだったものの、僕はリアルを想起してしまう。記憶をたどり一番に出てくるのはこの瞬間だ。
僕は進入禁止であるはずの場所に敢えている。そこからの景色は僕にとって、すべての元凶であり、すべてを無に帰す事ができる最後の手段かもしれない。一筋の希望の先には悪魔が存在していて、僕を嘲笑しているかも知れない。何も考えないように一歩また一歩と進み、悪魔の前に立つが、僕は後ずさりする。そのまま後方へ倒れ尻そして手をつき座り込んだ。空は真っ黒だが雲がなく晴天だ。僕は上手く笑えない。1年前であれば自然な笑顔を他人に向けられたはずだが、今では愛想笑いというより、防衛の為の笑顔しかできない自分を哀れに感じ、頬と鼻の間をなぞるように落涙した。
「雨かな」
空を見るが綺麗な晴天で星が見える。僕はすぐに涙だと気づかなかった。感情を押し殺してきたが、一人の時でさえも僕は素直で入られないのかと悲しみに拭けるが今度は涙が出ない。仰向けになり腕で両目を隠すように目を伏せるとピューピューとはっきり聞こえる青嵐が僕の体のうえを通り抜け、いずれ体の下を過ぎ、浮いているかのような感覚に陥る。そのまま永遠の安らぎが来ればどれほど楽だろうか、と想像する内に徐々に瞼が重く開かなくなる。ぐっと瞼に力を入れようとするが、それを体が拒むようで、そのまま本能に身を任せ楽になる。つらつらと意識が遠のき眠ってしまった。
目覚めるとまだ空に星が浮かんでいた。どれほど寝ていたか分からないが、まだ空はどこも暗い。意識はまだ薄く僕は目を閉じ、夢を見ようと無を考えるが、それも空しくリアルを正しく想起してしまう。立ち上がり周りを見渡す。遠くに住宅街があり、さらに奥にちょっとした山がある。そこを抜けるとまた住宅街になる。毎日自転車で山を越えここに来る。そして山を越え僕は何事も無かったかのように帰る。玄関を開けると、晩飯の匂いがする。「ただいま」と声を荒げると「おかえり」と必ず返ってくる。返ってこなかった日は僕の記憶にはない。今となってはもう聞くことは出来ないが、その声は何度もフラッシュバッグする。僕は感情があふれ、目に手を当てると、両目から2滴落ちた。踵を返し、前を向く。窓が無数にある。僕から見た一番右、ここと向こうをつなげる渡り廊下から左に3つめの窓の隙間にきっちりと並べられた机を見る。そこは僕が過ごした教室だ。ふと気づくと足が浮いていることに気づく、体をねじり僕は手を伸ばす。コマ撮りのように時間が留まる。薄明の中、山を越え自宅を超えさらに奥の地平線を越えた先にある燦々と輝く太陽の光が時明かりとして手前の住宅の屋根に反射し朝を届ける。そういえば母もそろそろ起きる頃。いつものように弁当を作り朝食を作り、僕を起こしに来るのかな。と一瞬後悔を考えるが遅い。
不条理な世界