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 それに従って書いてみる。鋭く尖った美化よりも、描かれた相似の素朴を信じて。
 解説文を後から読むときがある。何を思うかを知るために、思った何かの理由を見つけるために。または理由がどこにも見当たらない、訳の分からなさを楽しむために。後者の場合、鑑賞する時間をかければかける程に訳の分からなさが膨らんでいくから、どんどんとその面白さが増す。動ける時間が少なくなる。立ったままでも疲れる足は帰宅してから労わる。寝転がった状態で片足ずつ伸ばす。カウントしながら思い出す。良かったという印象は薄まらない。ふと、自分は相似が好きなのだと知る。テーマがないままに並んでいる組み合わせの、一つになった様子が好きなのだと知る。
 二枚の絵はどちらも住宅地にある一軒家がメインとなったものだった。どちらの絵も周囲の家と見比べて目立つ一軒家がその壁面の色と屋根の長さ又は幅広さを強調する。空の色は二枚とも変わっている。一方はエメラルド色。もう一方は夕暮れ時の薄い橙色。一軒家の壁面が茜色に塗り潰されている様子から、画家の背中に沈んでいる夕陽があるのかもしれない(ただ周囲の家はそうでないから、やはり違うのかもしれない)。雲は、恐らく二枚のどちらにも浮かんでいた。自信がないのはエメラルド色の空にある雲が物量をもって空間を占めるのに対して、薄い橙色の空にある雲は色の中にレイヤーを生む効果として描かれているように見えたからだ。雲の存在感にも対比が表されているのだろう。エメラルド色の空に浮かぶ雲は、二枚に共通するシンプルな構図に対して命を与えられ過ぎていると感じるぐらいだ。ただし、絵を全体として見たときの違和感は微塵も感じない。だから、並べられる二枚を一緒に見たときの対比が気持ち良い。
 後から読んだ解説文に記されていた。夕暮れの絵に描かれた一軒家の手前には別の一軒家がある。この二軒が描かれた角度は現実と矛盾する。主役となる茜色の一軒家を描くための画家の立ち位置からは、手前にある一軒家がそんな角度で見えるとは考え難い。したがって、画家は敢えてそういう風に描いた。非現実という表現を選んだ。
 『京の家•奈良の家』という題名どおりの風景で、似た構図の二枚として並んで展示されたときの気になり方が良い。何だろうと思って用意されていた長椅子に座ると、先に記した各一枚としての特徴に気付く。また、その特徴を比較して気付く別の特徴がある。テーマは、何だろう。表現する絵の中の世界に存在するエッセンスを試すことか。そのエッセンスが放つ絵画表現の効果に包み込まれて気持ち良いのか。速水御舟さんの凄まじい技術は知っている。その絵を目にすることができる有難い機会に恵まれた。その絵を凝視して記憶することを努めてきた。それぐらい敬愛する画家だから、その画家が描いた二枚とは知らずに眺めていたことを知ったとき、嬉しい興奮で胸がいっぱいになった。ああ、やっぱり自分の何処かに合っている。不遜にもそう思ってしまった。水墨画で描かれた桶の中で今にも動き出しそうなあの鯉の姿から、激しい炎に群がるあの蛾の危うい存在まで貫かれるリアリティは類を見ない。ただの写実ではない魅力。私は、速水御舟の絵が好きなのだ。
 描いた画家の名前を知った後で見る二枚の絵に抱く印象に贔屓目は入っているだろうか。しかし、先の二枚については「速水御舟」という画家の名前がぴったりと枠に収まる実感を抱くに止まっていたと思う。ああ、だからこんなに惹かれたのかと最後に締めるネジのひと回しになった。そこまでの感想を組み立てる心象を与えてくれたのは紛れもなく二枚並んで展示された風景そのものだった。素朴な表現は実に似ている。そして実に似ていて確かに違う。和歌の継色紙にも感じる心地良さは私の心中を弾ませる。表現者が行う見た目の工夫は気持ちの頬を緩ませる。
 相似の絵にはもう一つ出会えて、今井俊満さんの『深山流水図』と『風立ちぬ』は金銀の煌びやかな見た目から共に表しているはずの動の印象の違いに(前者の絵は止まっていると見えるほど静かに、後者の絵からは襟を立てたくなる程の吹雪な激しさに)見惚れた。今も保存した画像で見返す。撮影可能な鑑賞だからこその贅沢は予定時刻を迎えて途中で終わってしまった。このリベンジは果たしたい。
 別の発見は東山魁夷さんの風景画。大規模な展覧会で見たときは正直好きになれなかった。当時の私には「とても上手い」絵だった。しかし、今回『MOMAT コレクション』に展示されていた風景画を見たときに感じた厚み、特に『白夜行』に流れる爽やかで濃厚な天地の息吹は忘れられない。手前に描かれる深い森、量をもって流れる水の輝き、奥に狭まる空、そして降り注ぐものを生む頭上の光源。大胆と評されていた一枚。鑑賞するという行為にある、観る側の変化という転がり具合で生じる出会いは本当に数知れない。
 充実したコレクションは質も量も素晴らしいと実感できた。雨の日に過ごす「眺めのよい部屋」の空気感とセットで記したい。
 

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  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-07-12

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