住処



 部屋の模様替えをしたときに、自分がどれだけ家具の存在やその利用の仕方によって住処という空間を把握していたかを思い知る。机の上に置く物、壁に飾る物によって百八十度変わる気分の移ろいやすさに気付く。色の組み合わせ、物同士の大小、長さ、形、硬軟、触感などなど、物から得られる情報は記憶を塗り重ねられ、紙粘土のように固まり、私的な空間となる。私の好みという器に乗せられ、眺められる意味の関係性は人に近い温もりを持つ。
 私(わたくし)の空間で過ごしながら、その真向かいに立つ存在を筆者は意識する。その存在を語ろうとするとして、言葉に詰まる。有り体な文言しか浮かばない。「公(おおやけ)」のことを筆者は上手く語れない。
 「公(おおやけ)」に対する警戒心を、筆者はどこかで消し去ることができない。その目線は内側に向いている。不特定又は多数人を乗せる「器」としての公的なものの適切さをどう判断すればいいのか分からない。そういう、自身の戸惑いに向けられる。
 基本的に「器」はその顔を外に向ける。何かが存在することで初めて「器」の中身は生まれる。「器」は盛られるものを映えさせる一方で、盛られたものによって「器」の質が本領を発揮する。この相互関係は「器」に喩える「公(おおやけ)」と人の関係にも見て取れる。手にした端末で勝手気ままに決めつける情報としての「社会」であろうと、現に生きている人々の生活ぶりから認識できる実体としての「社会」であろうと、その中身は人々の振る舞いで決まる。概ねこうだろうという形で、帰納法的に語られる。
 しかし、その内容は「今まで」のことであっても、「これから」のことではない。
 器の中で波打つ水面の深さは誰かが決めるものでなく、なんとなくこうだろうと認識されあるいはアナウンスされる。そうではないと個人で語る自由はあっても、器の水面を増やしはしない。反対に減ることはよく起きる。それをモラルの低下と語ってもいい。しかし、その水準を誰の視点で語ればいいのか。どこまでも理性的な誰かか、人間性に欠ける誰かさんか。それを語る筆者のことを、筆者は懐疑的に見る。「不特定又は多数人になった」と語ったそのとき、個人としての行動や判断の適切さを疎かにする自身の怠惰な傾向にはたと気付いたとき、筆者はそれをどう批評すべきか。その傾向とどう上手く付き合えばいいのか。
 水の中から揺らいで見えていたユートピアな太陽の姿を直視して、反射的に閉じる瞼が上手く開けない。
 「公(おおやけ)」な空間には様々な見方、考え方をする人たちがいる。そう仮定して、その全てに合致することはできなくても、それぞれの「概ね」のあり方に沿った時間を過ごせるものであるのが望ましい。最低限、そういうラインを引く。
 では、どうやって?
 真似るは学ぶの語源といわれる。なら、真似ればいいのでは?公的なものに対する素晴らしい考察を残した先人たちの足跡はしっかりと語り継がれている。論理で繋げる「公(おおやけ)」は、道を切り拓く価値のある情報として後世に残せる。その意義は大きい。
 しかしながら、論理的考察とは別に、地続きの生活を送る上で取り扱えるイメージとしての「公(おおやけ)」を思い浮かべる。それが理想のように個々人の頭の中に浮かんでいれば、「公(おおやけ)」をめぐる現実がどんなに酷いものになっても「我々」として立ち戻れる。迷ったときの案内図ではなく、模索できる立て看板としての「公(おおやけ)」のイメージ。当事者意識を肌で感じながら、いま現在できることは何かと考えたくなる一つの契機。これからに向けた思考の流れ。そういうイメージを自分自身で持ってみたい。大それていると感じながら、その願望に筆者は惹かれる。しかし、それを考えるには筆者は余りにも実力不足である。
 途方に暮れる感覚は警戒心を踏み固める。当事者意識、と簡単に口にできない。「私(わたくし)」を押し通すでもない、「公(おおやけ)」に身を預けるのでもない。その間はあるのか。あるとして一体どういう空間なのか。
 デザインは問題解決のためのツールである。特に建築に施される意匠は安全性と利便性、また景観等を考慮した一定水準のものでなければならないと考えれば、機能性を兼ね備えたそれは芸術的表現よりデザインと記すのが相当と考える。
 隈研吾さんの展示会で拝見できた公共性は読み終えたばかりの『建築家、走る』に記されていた内容と呼応していて、それぞれの模型に夢中になった。映像展示もあったアオーレ長岡で過ごす人たちの様子には読後感の熱っぽさも手伝ってとても感動してしまった。筆者のような建築に関する知識が乏しいと思う人には先の一冊をお勧めする。赤裸々で、忌憚のない隈研吾さんの哲学や意見に触れることができ、展示会の内容に入りやすくなる。
 勿論、一冊読んだだけで隈研吾さんが提示する公共性の全てを理解できたとは思わない。ただ、「死」を意識するという強烈な一文に出くわしていたからか、隈研吾さんが手掛けた建築に共通する流れが「死」ぬからこそ「生」まれるという命の巡りのように感じられて、建物の内外を貫く人の流れが生み出す活力が場に生まれるのかもしれない。そう思った。
 出入りが場を強くするのは身近にある神社仏閣を訪れて分かる。その教義に従って生きる信徒でなくても、そこに祀られる存在に抱く素朴な感謝や願いをもって訪れる人たちが祈り、お礼を言って去るという出入りが何十年、何百年と続けば場が纏う雰囲気は生まれ、初めて訪れる身としても肌で感じられる。宗教施設であるというあらかじめの知識と理解が抱かせている認識を差し引いても、その場を初めて訪れた異なる者として知ってしまう、そこを利用する人の、そしてそこを大切に管理する人たちの痕跡がしっかりと場に残されている。だから嫌でも感じる。その場が纏う特別扱いは誰に対しても力を持って働く。
 隈研吾さんは「孔」を通じて人を流れ易くする。「孔」が見て取れるデザインが手を伸ばす既存の自然又は都市環境との一体感、そして再発見が生む話題が人を呼ぶ。呼ばれた人がそこで時間を過ごす。時間を過ごす人がいるという事実がさらに人を呼ぶ。いっときの活気を生む。そして時間を過ごした人がその場を去る。去った後の静けさが朝を迎える。そして、人が再び集まる。楽しかったから、過ごしてみたかったからなどの様々な理由に基づく行動が流れを生む。孔のある通過点、渡り廊下みたいな存在感がそこで行われている生活を動かす。
 開き切ってもいない、閉じ切ってもいない。隈研吾さんの展示会で拝見できた公共性は、開くと閉じるの間にある長い長い通路のように感じられた。
 正確に世界を認識できない人が感じているのが「現在」という時間である、という直近で読んだ物理学の本にあった。この結論は通路のようだと理解した、隈研吾さんの公共性を支える「時間」というもう一つの原則と重なるか。いやいや、と穿った見方を中々抑え切れない心情にほこほこした温かさを感じてしまって、ミニチュアな建物に内在する公私を探せないかとイタズラ小僧のような楽しい時間を過ごした。警戒心は解かれていた。
 「いやいや」、「しかし」、「それでもなお」、と。



「概ね」のあり方に沿った時間を過ごせるものであるのが望ましい。取り敢えずはこれでいいと考えてみる。そうして流れる。ミーハーな容易さで穴だらけの構えを作ってみる。
 取り戻した自分自身への警戒心も、そこに備えて。



 隈研吾さんご本人が記した各解説文も面白い。そして、筆者が個人的に強く勧めたいのが映像インスタレーション作品である『梼原の隈建築』である。映像、音楽、イメージ、そして不揃いに三分割された画面が見せるリズムと意味の連なりが、自然物を加工して生きてきた人々の眼差しとなって流れる。畏敬は感謝となり、感謝は畏敬となって共にあった。無料で観覧できる二部で語られていた市長のインタビューにも感謝があり、そして静かな活力が漲っていた。
 猫のついては一言。その影をも見落とすことのないよう、注意を添えたい。

住処

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  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-07-04

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