A面/B面
・彼方
彼の頭部がホンモノか
首から下が無いけれど、
左右の耳に手を添えて
持ち上げたらその断面
綺麗な、綺麗な真っ平ら
滴るものが何も無い、
適度な重さの彼のその、
頭部がホンモノかは、
本当にどうでもいい。
ワタシはドウデモイイ。
毎朝、
彼の目の前で着替える。
彼の瞼の開け閉めは
ワタシの任意の意思次第
片目を開けたり、
両目を開けたり、
長く綺麗な睫毛に乗る
埃を払う、裸なワタシ。
体を
揺らすワタシ、
伸ばすワタシ。
声帯まではあるし。
適度に重い脳も。
毎朝、毎晩キスをして
アレしてコレして、
刺激するのに。
彼のこめかみにある
凹みに、窪みは、
洗う度にお湯が溜まる。
横顔な彼を太腿に乗せ
溺れるみたいに
流すワタシ。
口を濯いで、流すワタシ。
くるくる、吸い込む
ゴロロ、と排される、
覚めた水。
歌は流れて、髪は乾かす。
彼は、どこまでも自然を愛する派。
ワタシは、
ペタペタ、とタップを踏む。
裸足で叩く、床の上。
彼を飾った、台の上。
煌々と照らす灯りの長さは
ワタシに重なる。
熱い、
熱い、
風。
彼のみぞ知る一室。
ぺらりと捲れる、
ワタシは白い。
インク、
意外に寒いのよ、と彼に言う。
目的のない会話とワタシの兆し。
返ってこないのは、何も。
愛しているのは、何でも。
寝返るのだ。
だから、
夜に。
明日に。
朝に、
溶ける手製のゴムボード。
空気は、
もう一度吸えない、
決まりごと。
人のよう。
顔の彼。
ワタシは、わたしと名乗り
横になり、
重心を預けて天井に引っ掛ける。
タブレットはとても人工的で、
効率良く、
光明を片付けて
リップを塗る。
わたしに、ではなくて
真面目に。
あんなに、好きだった欠片が
部分が
あんなに、爪を伸ばして
傷を付けて
梯子がわずかに届かなかった、
庭の樹木と
引かれた林檎と、
七人も居ない小さき味方。
ウィリアムテルって素敵な響き。
砂漠に残して千夜一夜。
思い付きのまま、話すわたし。
ぺらりと捲れて、わたしは白い。
照らされて、彼の頭部は蒼白い。
駱駝が歩いたワタシの部屋から、
飛び去る主人の居ない敷物。
明日には、
ワタシに戻る。
夢から覚めて
モナ・リザの
両目に合わない、わたしの目に写る二人として
鏡面台の上に置かれたから、
ワタシタチ。
彼の頭部がホンモノかどうかは、
ドウデモイイ。
ワタシには、
私には
開ける瞼があり、
言葉を綴れる舌がある。
子供みたいに
あっかんべー、と伸ばしてみれば
赤い色したつぶつぶの
味蕾ばかりで、
味蕾ばかりで。
歯磨きで、白くした。
鏡に写る、時間を見つめて。
・ノーザンライト
食べ終えた、
ファーストフードの紙袋と、くしゃくしゃにした朝の髪。
もう、
何も話しちゃくれない明け方のラジオに、混じる雑音と開けっ放しの車中では、よくあいつの話が捲れる。
悪路に跳ねる、
中古車のがたつきが壊れそうになる程に笑ってしまう、フラれた話。あいつの話。
北に、
向かった青年が行おうとしたプロポーズは、頭から数えて五番目の冗談として彼女を笑顔にし、最後の逢瀬を重ねて散った。傷心のままに登った近くの山で名前を捨てて、彼女を忘れようとして失敗し、捨てた名前の隙間からこれまでの思い出がこぼれ出て行き、山を降りる頃には自分をフった彼女のこと以外、何も覚えていなかった。そのために、青年はその山から離れることが出来なかった。帰る場所を思い出せず、彼女のことを諦められなかったために。そうして青年はその山に住み続けた。誰にもなれずに住み続けた。
その青年が、
その山からやっと離れられた。その理由を、面白おかしく語ってくれる彼女の話が書かれたペーパーバックが、中古の車内に寝転がっている。思い出を、小馬鹿にするような意地の悪さだ。しかし、真剣に語っているのだから耳を傾けないわけにはいかない。他車が見当たらない、真っ直ぐの自動車道を直進する運転手なら、その理由が分かるはずで、やる事が無いという強い動機は、ひとりの人を真面目にする。とても眩しい、陽射しに照らされるまでの限定的な規律になることには目を瞑って欲しいところではあるが。
悪路に、
跳ねる中古車を信頼をしてはいるのと同じくらい心許ない律し方ではあるのだが。
思い出す、
昨夜のナンバーを鼻で歌いながら弄る、いい加減なハンドル捌きではあるのだが。
北に、
向かっていた道中に売り払った宅地の買主から入った電話口で、伝えられた自主販売のアルバム群を貴方のところに届けるか、それともこちらで処分するかの選択に係る意思表示を尋ねられた際、高速で走っていた真夜中のハンズフリーに怒鳴り続けた運転手の声が確かに聞こえるまで、尋ね続けた買主は親切だったと言っていいだろう。そして、自身の意思がその買主に届くまでヴォリュームを上げて怒鳴り続けたにも関わらず、枯れることがなかった運転手の喉の強さにも、感心していいだろう。届かなきゃ始まらないことは、こうして走る丸い世界の中に数多く存在するのだよ。そう調子に乗って、蛇行して、長距離トラックの積み荷から落ちたのだろう、加工前の石を踏んでしまい、そのまま飛んでいってしまいそうになるのを無我夢中で回避した、デタラメな、アクセルとブレーキのフットワークにも、涙目で称賛したばかりの朝を迎える、この一人と一台にも。
彼女は、
真っ赤な舌を出した写真を削除した、と記した。誰にも見せていなかったその写真を消した話を、彼女は彼女以外の者にする。その訳を知りたいと口説けばウソになるだろう。それらしい理由を、中古車を真っ直ぐに運転する運転手はいくらでも思い付ける。そういう出来事は、質量の大きい、この丸い世界の地表に数多く存在する。そういう、屁理屈を捏ねてそれらしい形にした出逢いに差し出されたナイフで半分に切った食べ物を、美味しそうに食べた彼女の唇に残ったケチャップが忘れられない。
こういう、
真実を重ねた山の中で、私が生まれたという真実を信じる運転手が走り出した話なのだ。中盤を過ぎて終わりが見えない、冗談みたいな面白さに中古の一台だけでなく、悪路に跳ね、地表に走る自動車道に戻る、一人の男が存在する。何も語らないラジオのつまみを捻らない、時折聞こえる雑音を愛する、音域の狭い、自主制作のアルバムを取りに戻っている男のように。
北の山から、
差し込む光を朝と認めて射抜かれる、寝惚けた髭と、欠伸を焦がして。
戻る、
戻る、
戻る。
開けっ放しの車中では、
運転手が自作のメロディーを鼻で歌い出している。あの有名なビートルズの、子供たちに愛されるあの楽しいタイトルの後にラララ、と続けて歌う歌詞と瓜二つの言葉を舌を動かして発する、たった二人と一台の、テーマソングの未来に乗せて。
その青年が、
その山からやっと離れられたのは、山で出逢い、意気投合し、一夜を共にした新たな彼女がその山より南方に住んでいた。そういう素直な欲求に従ったからだ、と今も真っ直ぐに走る中古車の運転手が予想する。
捲れた、
彼女の姿をした作者は答えを示さない。当たっているとも、当たっていないともいえる世界で。
私は、
昔の法定速度を少し破った。
A面/B面