騎士物語 第九話 ~選挙戦~ 第四章 書記の根回し

第九話の四章です。
ロイドくんとキキョウくんの出会い、そして選挙と共に会長企画のイベントが始まります。

第四章 書記の根回し

 武家――世間一般的な言い方をすれば騎士の家。桜の国と呼ばれるルブルソレーユにおいて知らない者はいない名門、オカトトキの家の三男として少年は生まれた。
 家柄上、オカトトキの家には歴代の偉大な騎士たちの活躍を記した本や記録映像などが保管されており、それらを絵本代わりにして育った上、道場で日々鍛錬を重ねる騎士たちの姿も日常的に見ていた少年は、自分も強くて立派な騎士になりたいと思うようになった。
 武家に生まれた以上、その家の流派を継ぐことは必然であり、定められた年齢になったその日、二人の兄に続いて少年もまた武の道へと足を踏み入れた。
 三兄弟の中で騎士に対する想い入れが一番強かった少年に師範であった父親は大きな期待を寄せたのだが、少年はすぐに大きな壁に直面した。

 二人の兄が一週間で出来るようになった事を、少年は二週間経っても出来るようにならなかった。
 武道未経験の新しい門下生が相手でも、一か月もすれば少年は一切歯が立たなくなってしまった。

 そう、少年には才能が無かったのだ。

 武家に生まれたからと言って武の才能に恵まれるわけではないという事を理解していた師範は、そういう者の為の鍛錬を色々と試したが少年には一切身につかず、二人の兄とは勿論、その他の門下生とも日に日に差が開いて行った。
 至らない体術は魔術でカバーすればいいと少年は魔法の修行も始めたがこちらも振るう事なく、少年の心はいつしか焦りを通り越し、諦めへと向かい始めた。

 オカトトキの家に生まれながらこの始末。周囲からの視線は冷たく、二人の兄からも恥という言葉を浴びせられる日々。師範はどうにかしたいと思っていたが、実際どうにできずに今に至ってしまっている為にかける言葉も解決策も見つからず、少年は沈んだ面持ちで道場の雑用をするようになっていた。

 騎士の道を進むのを止め、せめて強くて立派な騎士が誕生するお手伝いができれば良いのではないか――そんな事を頭の隅に思いながら雑用をこなす少年だったが、それでも決定的に諦めるところまで至らなかったのは、とある女性のおかげだ。
 雑用をするようになり、門下生たちの昼食を道場と提携を結んでいるお店まで取りに行くようになって知り合ったその女性は、元オカトトキの門下生だった。

「まーた今日も暗いなぁー。ほら、今日はイクラおにぎりあげるよ!」

 その店はいわゆる「おにぎり屋さん」で、彼女はそこの一人娘。オカトトキの剣術を皆伝し、数年騎士として活躍したがそれが自分に合っていないと気づき、早々に辞めて実家であるおにぎり屋さんの手伝いをしているという珍しい経歴の人物だ。
 彼女が少年に語るのはその数年の間で出会った多くの騎士たち。一流の剣士を輩出し、故に強者との繋がりの強いオカトトキの家では聞く事の出来ない奇妙な技術や変な魔法を使う騎士たちの話。お世辞にも強いとは言えない騎士がある時ある状況において仲間全員を救った話や、変な魔法の使い手だった故に大活躍した話は、少年の心にわずかな希望を灯してくれていた。
 強さには種類がある。オカトトキに生まれた者として剣士を目指していたが、世の中には剣士ではない騎士はたくさんいる。体術は全然だけど魔法が凄い人がいて、両方がダメでも他の人が持っていない技術で活躍する人だっている。
 騎士の道を諦めるにはまだ早い。自分には他の可能性があるかもしれない。それが少年の唯一の希望だった。
 とは言え、ならば自分の道とは何なのか。現状、自分に剣士が向いていないという事は理解し、魔法もあまりうまくないという事がわかっているが、それらが関係ない道とは一体何なのか。剣の道以外といっても世の中には多くの流派があり、それらを一つ一つ試すわけにもいかない。
 結局のところ、無数にある道の中で「少なくともオカトトキ流剣術ではない」という事がわかっただけの現状をどうすれば良いのか。諦めが心の中をドンドンと占めていく中、わずかな光明を探して雑用をこなしていたある時、少年はついに出会いを果たす。

 その日、いつものように昼食を受け取りに彼女のいるおにぎり屋さんに向かった少年は、そこで見た事のない大男に遭遇した。
 ボロボロのズボンによれよれの靴。縫い後だらけのローブをまとったその男の身長はおそらく二メートルほどなのだが、肩幅やチラリと見える太い腕からして相当な筋肉をつけており、その影響で小柄な少年には三メートルほどの巨人に見えていた。しかも背中にはその身長と同等の長さの大剣を背負っており、それを振り下ろせばおにぎり屋さんは全壊してしまうだろう。
 服装的に盗賊などの犯罪者の可能性もありそうな人物で、いくら彼女が元騎士でもあれほどの男が相手ではどうにもならないかもしれない。
 身についている技は一つもないが、少年は腰にさしている刀に手をかけた。だが――

「だっはっは! どうだ最高だろ! 桜の国に来てここの握り飯を食わねぇのはうそだぜ、大将!」
「ああ、これは美味しいな。おにぎり食べてこんなに美味しいと思ったのは初めてだ。」

 その大男はおいしそうに、豪快に、特大サイズのおにぎりを少年と同い年くらいの男の子と一緒に食べていた。

「あ、丁度良かった! ほらほら、すごい人が来たよ! これ、フィリウスさん!」
「だっはっは! これだとよ大将!」
「いや、だとよとか言われても……」

 これまた豪快に笑う大男を指しておにぎり屋さんの彼女が普段以上のハイテンションで笑うのを見てついさっきの考えは杞憂だったとほっとした少年は、同時にその「フィリウス」という名前にハッとし、それと筋骨隆々な体躯が組み合わさった瞬間、少年の頭の中から一人の騎士の情報が引っ張り出された。
 世界最強の十二人。各系統の頂点に立つ騎士に与えられる称号、十二騎士。その内の一つ、少年の得意な系統でもある第八系統の風の魔法の使い手にとって最も名誉ある名前、《オウガスト》の名を現在冠している人物。それがフィリウスという名前の騎士だ。
 相手の攻撃を全て防ぎ、かわし、そうしている間にタメた強力無比な攻撃でもって相手を一撃のもとに倒す。多くの武勇伝を持ち、同系統という事もあって少年が憧れている騎士の一人でもある偉大な人物が今、目の前に立っているのだ。

「ん? なんだ、弟か?」
「違うよ、この子はオカトトキの――」

 自分の事についての説明を聞き、こちらを向いた大男――フィリウスと少年は目が合う。
 憧れの人物への尊敬の念がゾワリと飲まれ、冷たいモノに心が覆われる感覚。オカトトキの道場を訪ねた多くの名立たる騎士たちに、師範である父親が自分を含む三兄弟を紹介する際に彼らから自分にだけ向けられる視線。

『オカトトキの者にしては――』……!!

「はぁん。そりゃまた随分と合ってないな。」

 出てくる言葉に怯えていた少年の耳に届いたのは妙な一言。言葉の意味がすぐには理解できずに動揺している少年に対し、おにぎり屋さんの彼女はハッとした顔になる。

「それってやっぱり――オカトトキの剣術が合ってないって事……?」

 彼女の質問に少年も気がつく。多くの挫折によって理解した自分の現状を、この十二騎士はおそらく見ただけで理解したのだ。であれば、もしかしたら、これほどの人物ならば、自分が進むべき道を示してくれるかもしれない。

「あー、オカトトキっつーかたぶん剣術そのものだな。動きを見ればもうちょい詳しくわかると思うが。」
「――!」

 またとない機会。現状を打破しうる状況。きっとこの十二騎士は答えをくれる。そう少年は確信したが、希望と共に恐怖も広がった。もしも、自分が進むべき道なんてないと言われてしまったら? ここで問う事で、完全に夢が閉ざされる可能性もあるのではないか? オカトトキの剣術や魔法の技術、試し挑んだ全てで膝をついた少年の心は、その時立ち止まってしまったのだ。
 だが――

「フィリウスさん!」

 心も身体も止まってしまった少年の前に店のカウンターから出てきた彼女が立ち、そして姿勢を正したかと思うと十二騎士に深々と頭を下げたのだ。

「お願いします! どうかこの子に道を示してあげて下さい!」

 少年は驚いた。雑用をするようになってもうだいぶ経つ為、彼女とのつきあいはそれなりに長い。いつも楽しい話を聞かせてくれるし、自分の悩みも聞いてくれる良いお姉さんで、道に迷う自分の現状も理解して色々とアドバイスをくれたりもしたが、まさか自分の為に誰かに頭を下げるほどに考えてくれていたとは思わなかったのだ。
 失いかけていた夢を辛うじて繋いでくれていた彼女が更に自分の進むべき道まで導いてくれようとしている。ここまでしてくれる人がいて、目の前に大きなチャンスがある。最後のあがきをするとしたら、それはここを置いて他にはあり得ない。
 彼女の厚意を無駄にはすまいと、懇願の為の土下座を――するつもりだったのだが、その一瞬前に頭を掴まれた。

「それをこんなところで使うもんじゃないぞ、少年。そっちもやめてくれ、頭下げるなんて。俺様そんなにケチじゃねぇぞ? つーかイマイチ話がわからん。大将、何とかしてくれ。」
「い、いや、オレに頼むなよ……まずは落ち着いて話をしま――せんか……? えぇっと、ほら、その辺の茶屋に入って……」
「おぉ? 大将、いつの間にナンパ術を!」
「ちげぇよ!」

 適当な茶屋に入り、詳しい話をしようとしてくれた彼女を止め、少年は事の終始を自分で話した。
 自分の夢、憧れ、それに対する現実、才能の無さ。時折涙を流す少年の話を、十二騎士は何も言わずに聞いてくれた。そして全てを話した後、彼女に肩を抱かれる少年を見つめる十二騎士はこう言った。

「思うに、少年の才能は完全に別方向なんだろうな。」
「ぼ、ぼくの才能……?」
「おお。剣の才能なんて誰にでもあって、ある程度修行すりゃある程度は振り回せるんだ。そこから俺様みたいなすげー騎士になるのはすげー才能の持ち主ってわけだが、少年はその真逆で剣の才能がほとんど無い。」
「な、無い……」
「ああ、無い。こうもパッと見でそう思うんだから相当な無さだろうな。だが、そうなってるからには他の何かがずば抜けてなきゃバランスがおかしい。」
「バランス……ですか……?」
「壊滅的な運動音痴ってのも時にはいるが、これもパッと見た感じ少年はそうじゃない。仮に少年が騎士でも悪党でも、戦う相手として俺様の前に立ったとするなら、俺様は「こりゃ雑魚だな」とは思わないで「こいつには何かある」って思うだろう。単なる直感だが、俺様クラスともなれば結構当たるんだぜ? ま、今の少年は明らかに経験不足だから「こりゃ雑魚だな」と思うだろうが。だっはっは!」
「フィリウス、なんか滅茶苦茶な事言ってるぞ?」
「だっはっは! よーするに話だけじゃわかんねぇってことだ! ちょっくら道場に行ってみようじゃねぇか!」
「道場に……ですか……あの、動きを見るって事なら、そ、その辺の公園とかでも……」
「あー、わりぃがそういうわけにはいかねぇな。俺様がしようとしてんのは少年に今とは全然違う何かを教える事だ。となると、今の少年の師匠に断りをいれないと筋が通らん。」

 フィリウスの言葉に従い、少年は十二騎士とその連れらしい男の子、そしておにぎり屋さんの彼女を師範のもとへと案内した。元々門下生の昼食を受け取りに来た為、今はちょうどお昼時。師範は自室で雑務をしながら昼食をとっている頃合いでタイミングも良かった。
 門下生へ手早く昼食を配り、少年は師範――父親の部屋の戸を叩いた。

「いよう、俺様はフィリウス。こいつの師匠であるあんたにちょっと聞いて欲しい事があんだが。」

 噂通りに豪快――悪く言えば一切の礼儀無しに話を始めたフィリウスに面食らう師範だったが、突然現れた大男が何者かという事にすぐさま気づき、少年を横目に話の内容がなんであるかを理解した師範はその話を黙って聞いた。
 当時の少年では思い量る事ができなかったが、自分の息子に代々の剣術を伝えたいと願っていた父親にとって、「お前の息子に剣の才能は無い」と言われる事は非常に不愉快な事であったが、それが事実であることも知っていた彼は、時折怒りのような表情をするもぐっと抑えながら最後まで話を聞いていた。
 そして、少年の進む道を確かめる模擬試合のようなモノの為、師範であり父親である彼はその相手になると言ったのだった。
 こうして門下生たちがおにぎりを頬張っている頃、道場の裏で、少年は欠片も身についていないオカトトキの技を師範に向けて繰り出し始めた。
 素人目に見てもわかるレベルの低さ。手にした刀に振り回される動きは隙だらけとかそういう次元の話ではない。剣術を習っている者の動きには到底思えないそれを、フィリウスは真剣な表情で見つめていた。

「はぁ……はぁ……こ、これが……今のぼくの、全て、です……」

 かわすまでもないような攻撃をし続け、それでもここまで疲労するだろうかというくらに息を荒くした少年。その姿に師範も表情を暗くしたが、フィリウスは――

「おっほ、こりゃすげぇな!」

 と、嬉しそうに驚いていた。少年も師範もおにぎり屋さんの彼女もこの十二騎士が何を言っているのかわからずにポカンとしていると、フィリウスはニカッと笑った。

「オカトトキの剣術ってのは攻撃こそ最大の防御ってな感じにガンガン行くタイプだが、少年の才能はその真逆だ! こりゃ身につかないわけだぜ!」

 バシバシと少年の背中を叩いた後、フィリウスはサラサラと書いたメモを師範に見せながら何事かを相談し始めた。これまで冷たい評価しかされなかった自分の技を見てあんなに嬉しそうにされたのは初めてで、少年はどうしたものかと視線を泳がせ、そしてフィリウスの連れの男の子と目が合った。
 歳は少年と同じくらいか、自分より少し背の高いその男の子もまた見た事の無い反応をしていて、今の見ていられない動きの何に感動したのか、彼は小さな拍手を少年に送っていた。
 そういえば彼は一体何者なのか。年齢的にはフィリウスの息子というのも考えられるが、十二騎士の《オウガスト》と言えば酒好き女好きで有名な人物で身を固めたという話は聞かない。仮に弟子だったとしてもそれはそれで驚きで、《オウガスト》は弟子をとらない事でも有名なのだ。

「えぇっと……な、なんて言えばいいのかな……すごく失礼かもしれないんだけど、そんなになるまでよく続けたなぁって……」

 言葉の意味がよくわからず少年が首を傾げると、彼は一生懸命言葉をひねり出した。

「その、剣術とか流派とかオレにはよくわからないけど、今すごくたくさんの……技? を見せてくれて……で、でもわかんないオレにもわかるくらいに……あの、へ、下手っぴで……だけども全部に全力で……フィリウスが言うには合ってない? 武術の技でもあんなにたくさんの動きを覚えてて……その、例えダメでも剣士……武士……えぇっと、騎士? の、道を諦めなかったっていう意思が伝わってきて……オ、オレはそれがすごいなぁと……」

 か細く、今にも消えそうだった夢への光をそれでもなんとか追い続けた事への称賛。少年としては悪あがきのように思っていたそれをすごいと言われ、何とも言えない感情が胸に沸き上がるのを少年が感じていると、フィリウスに身長が縮むのではないかと思うくらいに頭をバシバシ叩かれた。

「いよし少年! 明日から違う道場に行くぞ!」

 翌日、少年はフィリウスの推薦という形でとある道場にやってきた。桜の国で道場と言ったらそのほとんどは剣術を学ぶ場所だが、素手による徒手空拳においても他国の騎士から一目置かれる道場はいくつかあり、そこは国内でも一、二の実績を持つ所だった。
 入ろうと思ってすんなり入れるようなモノではないはずだが、十二騎士という称号が持つ力に驚きながら、昨日の今日で少年はその道場へ入門した。
 オカトトキの道場でも多少なりとも素手での動きを教わるが、それがメインの流派と比べたら基礎にも至らない準備運動程度のモノで、ほぼ未経験と言っていい少年にとっては不安ばかりの入門だったが、推薦した責任があると言ってフィリウスがしばらく滞在して成果を見てくれるという事もあり、少年は一層の気合を入れて取り組んだ。

 久しく感じていなかった「期待されている」という感覚に身も心も奮い立ち、突然入門したオカトトキの者に対する奇異の視線など気にすることなく熱を入れる。毎日様子を見に来てくれるフィリウスとその連れの男の子に武術を習う楽しさを思い出しながらその日の成果を語る日々。暗く、沈んでいた少年の心は強くて立派な騎士を目指したあの頃に戻って行った。

 そうしてあっという間に半月が経った時、フィリウスが少年に模擬戦を提案した。まさか十二騎士を相手にするのかと緊張した少年だったが、フィリウスが用意した相手はフィリウス以上に緊張する相手――二人の兄だった。
 現在のオカトトキの門下生の中でもトップクラスの実力を持つ兄たちを前に、たかだか二週間武術を学んだだけの自分が通用するわけがない。だが――

「だっはっは! 心配するな! この俺様が言ってやる、お前は天才だ!」

 元々少年の事を不出来な弟として嫌っていた上に別の道場に行くという裏切りにも似た事した少年相手に模擬戦などと渋い顔をしていた二人の兄だったが、フィリウスのその言葉で何かに火が付き、二人は刀を構えた。
 おそるおそる構えを取るが、フィリウスの――あの憧れの騎士である《オウガスト》の期待に応えたいという思いで拳を強く握りしめた少年は、二人の兄との模擬戦に臨んだ。

 結果、二人の兄の攻撃は一度も当たらなかった。

 正確に言えばクリーンヒットしなかった、だろうか。オカトトキの道場で見ていた時は素早い抜刀に剣筋を追えなかった一撃が、今やどこを狙っているのか手に取るようにわかる。踏み込み、重心の移動、目線、その全てが少年に攻撃を前もって教えてくれたのだ。

「だっはっは、ほれみろ! たった二週間じゃ反撃の為の攻撃まで習得できなかったが、仮にそれがあったら二人とも最初の一振りの時点でアゴに一発、白目でバタンだったぞ!」

 信じられないという顔の兄たち。当然の事ながら模擬戦に立ち会った師範も驚きの表情だったが、一番驚いていたのは少年本人。オカトトキの道場では感じた事のないモノ――学んだ事の全てが身体にしみわたり、生まれた時からそうだったかのように、その技術が自身を動かす感覚。
 この二週間で、少年は強くなったのだ。

「ハッキリと自覚したか!? これがお前の進むべき道だ! 随分と回り道をしちまったみたいだがまだまだ挽回できる! お前の騎士道はここからだ!」

 呆然とする少年の肩に手を置き、十二騎士は言った。

「その道を全力で走ってこい! 悪を討ち、守るべき者の為に戦う正義の世界で、お前という騎士を待っている!」

 たった二週間。しかし少年のこれまでの人生で最も濃い二週間。憧れの騎士が心の師となり、同じ人物を師事する友を得た。ここより、少年の騎士道は始まったのだ。

 その後みっちりと修行をし、史上最年少で皆伝に至った少年は騎士の学校に入る事を決意。名立たる騎士を何人も輩出する国であり、フィリウスのいる所であるフェルブランド王国へ渡った少年は、父親の知り合いがいるという事でプロキオン騎士学校へ入学した。
 初めの頃は女の子と間違えられる容姿のせいで「ナヨ」というあだ名をつけられたが、授業などでその実力を見た周りの生徒たちは認識を改め、少年とは正反対の男らしい体格の友人もできた。
 そして授業の一環である校外演習においてその実力の高さ故に生徒会長と同じグループになり、その際に起きたある事件を経て会長に憧れを抱くようになった。
 そうして迎えた他三つの騎士学校との合同イベントである交流祭において、少年は友である男の子と再開したのだ。



「えぇっと、つまりあの人はオカトトキの道場にいた頃の門下生の一人で、お兄さんたち同様にトップクラスの実力者……でもキキョウ、そのお兄さんたちに模擬戦で勝った――というか攻撃を全部避けてたじゃないか。」
「あれから何年も経ってるし、皆伝してるならあの時とは比べ物にならない強さだと思うよ……」

 デルフさんが用意したといういつの間にか出来上がっていた宿舎に他校の生徒たちが移動し、出迎えをしたオレたちは授業に戻った。だけどキブシの一件で一日をモヤモヤと過ごし、オレたちは朝の事をキキョウの過去も含めて話したいと思って放課後にその宿舎に集ま――ろうとしたのだが『ビックリ箱騎士団』が入ると部屋にギュウギュウ状態なので、プロキオン騎士学校のみんな――キキョウ、ヒース、マーガレットさんと一緒に部室に移動した。
 そしてオレからすると懐かしい話、ルブルソレーユでの道場の話を聞いたのだった。
「……キキョウくん、とりあえず一つ確認なのだが……」
 どうやらこの辺の昔話は初めて聞いたらしいマーガレットさんが……なんというか、ローゼルさんがよくやる笑っていない笑顔で質問する。
「そ、そのおにぎり屋さんの女性とはどういう――い、今でもナカヨシなのかい……?」
「え、あ、はい。たまにお米とかを送ってくれます。」
「はぁん? つーことはやっぱマイラさんってのが今の話のおにぎり屋さんの人だったんだな。手紙でやりとりもしてんだろー?」
 たぶんプロキオンでのキキョウを一番よく見ているのだろうヒースがそう言うと、マーガレットさんの冷たい笑顔が引きつり始める。
「マママ、マイラサンとな……??」
「ナヨに何か届くと「マイラさんだ」っつって嬉しそうにするんで。そうか、ただの近所のお姉さんだと思ってたが、まさか剣士だったとはなぁ。実際強いのか?」
「ぼくはそういうところ見た事ないからわからないなぁ……」
「あー、フィリウスが二、三回一緒に戦った事があるらしいんだけど、第二系統の雷の魔法の使い手で相当強かったらしい。その時に用意してくれたおにぎりが美味しくて騎士の間で取り合いになったとも言ってたな。」
「へぇ、さすがマイラさん。」
 すごいなぁという顔になるキキョウに対してマーガレットさんは……あ、しまった。そうか、キキョウの昔話に登場した「年上」の女性で、しかも恩人みたいな立ち位置で今でも連絡を取り合ってて……なんの因果か「雷」の魔法の使い手……マーガレットさん的には微妙な存在じゃないか……!
「ふむ。ちなみに一応の確認だが――そのマイラさんとロイドくんの間には何もないでよいのだな?」
「へ? いやオレはおにぎりを食べただけですよ……」
「では桜の国でその他の女性との出会いはなかったか?」
「なかったと思う――って一体何の質問ですか……」
「なに、旅の間の事を妻として把握しておきたいだけさ。」
「ソ、ソウデスカ……」
「おいおいナヨ、お前の友達の『淫靡なる夜の指揮者』が相変わらずっつーかパワーアップしてんぞ。妻とかいう単語が出やがった。」
「ロ、ロイド、いつの間に結婚を……」
「し、してないぞ!」
「してないだけでしたようなモノだな。」
 頑張って否定するがローゼルさんの言葉にキキョウがどう反応していいのかわからないという顔であわわとなる。
「ボクも! っていうかボクが本物! 奥様!」
「あたしの騎士で旦那様だねー。」
「あ、あたし、だって……うん……」
「あんたら……あたし――が、こ、恋人……よ!」
 最近増えたこ、こういう感じの会話――を『ビックリ箱騎士団』以外の誰かに聞かれるのが想像以上に恥ずかしいのだという事を知って顔が爆発しそうになっていると、「ふふふ」とマーガレットさんがほほ笑む。
「一夫多妻とは貴族のようだが、シリカ勲章を得たロイドならばその地位も夢物語ではないのだろうな。」
 マイラさんという存在を知ってダメージを受けていたようだったがオレたちの様子を見てくすくす笑ったマーガレットさん。ああ、やっぱりいいお姉さんという雰囲気の人だなぁ、この人は。
「そ、そうだよロイド! すごいね、シリカ勲章! おめでとう!」
「学生の内にって初めてじゃねーのか? もしかして今回の選挙、勢いに乗ってそのまま会長に立候補って感じか?」
「ああ……いや、それはちょっと違うかな……選挙自体には参加する事になっちゃっているんだが……」
「なっちゃって、か。大方ソグディアナイトが何かをしているのだろうな。私たちを呼びつけたのにも狙いがあるのだろう。」
「! そういえばマーガレットさん――とキキョウたちはどうしてセイリオスに? デルフさんが何かのイベントをやるみたいな事を言っていましたけど。」
「実は私たちにもきちんとは知らされていないのだ。来てからのお楽しみと言われてな。きっと明日にでも説明があるだろう。」


 マーガレットさんら他校の面々がやってきた次の日、全校生徒が体育館に集められ、あのヤンキーな選挙管理委員長が選挙の説明をした。
 選挙期間――言い換えると立候補者のアピール期間は一週間。だいぶ長い気がするが、対立立候補者の間で行われる模擬戦の関係上、それくらいの時間が必要なのだとか。
 期間中、立候補者は選挙管理委員会によって取り仕切られた模擬戦以外は何をしても自由。だいたいは校内で演説したり、自分の実力を更に知ってもらうために手合わせを募集したり、休み時間を利用して各学年の各クラスに挨拶しに行ったりするらしい。
 立候補者は清き一票を得るために奔走し、その他の生徒は立候補者たちを吟味する。そんな期間を経て一週間後、応援演説と本人の演説を行った後に投票となる。
 つまり、立候補していない生徒たちは模擬戦を観戦したり演説を聞いたりするくらいで大多数の生徒にとってはそれほど大きなイベントではない――はずだったのだが、嫌そうな顔で選挙管理委員長が壇上から降りて楽しそうな顔のデルフさんが登場すると、それが一変した。

『やぁやぁみんな、近々生徒会長じゃなくなっちゃうソグディアナイトだよ。でもって、もしかしたら来てる事を知ってる人もいるかもだけど、サプライズで他三校の生徒会長たちだ。』

 普通に校内を歩いていたから気づく人はいただろうけど知らない人の方が圧倒的に多かったようで、三人が壇上に上がると生徒たちが一気にざわついた。

『あんまり知られていないだろうけど、各校の生徒会のメンバーは対外的な行事の為の書類のやり取りなんかでちょいちょい連絡を取り合う機会があってね。だから生徒会のメンバーが入れかわった時は三校の生徒会に挨拶したりするんだよ。』

 んん? という事は生徒会に入ると他校との繋がりも強くなるのか。他の三校はセイリオスとは違う特色をそれぞれに持っているわけだから生徒会にもその色が出て……場合によってはセイリオスの生徒会にはない更なる繋がりを他校の生徒会経由で得られる可能性があるわけか。

『今回の選挙が終わって生徒会の新メンバーが決まったらその紹介もする事になるわけだけど、どうせならそれを楽しくしたいと思ってね。生徒会長としての最後の職権乱用でちょっとしたイベントを考えたんだ。』

 職権乱用って言っちゃったぞ、デルフさん……

『ずばり、ミニランク戦とも呼ばれる選挙に合わせてミニ交流祭だ!』

 デルフさんがパチンと指を鳴らすと、後ろの壁に他校の名前とその下に何人かの名前が書かれた大きな垂れ幕が出現した。

『セイリオスと同様に他の三校にも生徒会の入れ替えはあるからね。そのメンバーのお披露目も一緒にやってしまおうという事で、各校の新生徒会メンバーないしその候補になっている生徒に来てもらったんだ。具体的に言うとプロキオンは新メンバーで、カペラとリゲルが候補――立候補しようとしている生徒だったり現メンバーが声をかけている生徒だね。』

 プロキオンについては昨日、部室に集まった時に話を聞いていた。プロキオン騎士学校の生徒会選挙は既に終わっていて、マーガレットさんはもう生徒会長ではないのだ。
 つまり、新メンバーのお披露目が目的ならばマーガレットさんがここに来る理由はなかったのだが、デルフさんからの招待状はマーガレットさんを名指ししていたらしく、ついでに新メンバーも連れてくるといいよ、という文面だったとか。
 ちなみに、その新メンバーの内の一年生組がなんとキキョウとヒースの二人。他の新生徒会は会長も含めて早速何かの業務をしている影響で遅れているとの事。二人は生徒会に入ったばかりだからその業務を手伝おうにも逆に足を引っ張ってしまうという事で先にやって来たのだという。
 昨日の内には会えなかったけど……プロキオンの新生徒会長――マーガレットさんの後任はどんな人なのだろうか。

『つまり、実のところプロキオンの会長だけは元会長で新会長はまだ到着していないのだけど――さっき言ったのは表向きの理由で、僕の職権乱用の真の目的は「この」三人を呼びつける事だったから問題はなかったりするんだな、これが。』

 ……職権乱用に続いて表向きの理由とか真の目的とか言い始めたぞ、うちの会長……

『卒業後、この三人は同期として僕と共に騎士の世界に入っていく。きっと早々に大活躍してその名を轟かせて行くだろう。そんな将来超有望な彼らともっと親睦を深め、ついでに再度の手合わせをしたいと思い、さっきの表向きの理由でこうやって呼んだわけだ。だけど僕はまだ一応生徒会長だからね。僕の我がままもみんなの為のイベントにできたらと考え、ミニ交流祭を思いついたわけさ。』

 そう言うと、デルフさんは交流祭で使ったあの腕輪を取り出した。

『今回この腕輪を身につけるのは選挙立候補者と三校の生徒。交流祭が三日間あるのに対して選挙期間は一週間だけど、僕らにも彼らにも授業があって、参加できる時間はだいぶ限られるから試合の回数制限は設けない。お昼休みや放課後にガンガン戦って欲しい。場所はセイリオスの敷地内。うちの生徒が戦わないとしてもこっちでやってもらう事になる。』

 えぇっと……つまり一週間の間、選挙に立候補している人と他三校の生徒会メンバーやその候補が空いた時間を利用してセイリオス学院でバトルを繰り広げるわけか。

『アルマースの街みたいにあちこちに試合用の施設があるわけじゃないから、試合を行う時は必ず選挙管理委員会に連絡をして場所の調整をしてもらう。そこら辺でいきなり試合を始めると周りに被害が出かねないし、何より戦っている生徒を致命傷とかから守る魔法がないからね。』

 デルフさんの言葉に何となくさっき壇上から降りたヤンキー選挙管理委員長を見ると、ものすごくめんどくさそうな顔をでデルフさんを睨んでいた……たぶん、場所の調整っていうのがすごく大変なことなんだろう……

『交流祭みたいに学校ごとにポイントが入ったりはしないけど――未来の生徒会メンバー同士の腕試しや来年の交流祭に向けた前哨戦にもなるから、いい機会には間違いない。特にセイリオスの選挙参加者はアピールにもなるから気合いが入るだろう。だけど、それじゃあ腕輪を持たない人たちは観てるだけ? って疑問に思うだろうけど心配ない。みんなにはこのカードを配布する。』

 それはランク戦の時にその日の対戦相手を教えてくれた白いカードに似たモノで、今回は左右が赤と青に塗られていた。

『カードには選挙管理委員会からその時々に行われる試合が知らされ、表示される。そこから好きな試合を選んだら「どっちが勝つか」を予想するんだ。もしも予想通りになったらそのカードには一ポイントが入る。たくさん試合を観戦して、たくさん予想して、たくさんポイントをゲットする。そうやってたまったポイントは――こちらの豪華賞品と交換できる!』

 再度デルフさんが指を鳴らすとこれまた大きな垂れ幕が出現した。数字の横に色々書いてあって……つまり何ポイントで何と交換できるかという一覧のようだ。

『それは武器やマジックアイテムなどの品物だったり、どこかを見学したり誰かに会える権利だったり、今の生徒会が持つあらゆるコネを使って用意した中々得られないモノばかり! 交流祭は目の前の人物の実力を推し量る訓練にもなっていたけど、今回は二人を比べるからあれとはちょっと違う訓練を、遊びながらできるというわけだね。』

 なんちゃらの剣とかなんとかっていうアイテムとか、オレにはイマイチわからないけど周りの生徒の反応を見る限り、かなりいいモノがそろっているよう――いたっ!
「あう……な、何するんだよエリル……」
「どうもこうもないわよ。何よあれ。」
 近くにいたエリルがオレの腕をつねりながら……な、なぜかちょっと怒った顔で一覧を指差した。
「何って、デルフさんが用意した賞品の一覧――」
「その中身よ! 右上の方!」
 上の方……並び的に高ポイントで交換できる賞品だが……右上右上……

――『サードニクス流モテモテ講座』――

「なんじゃありゃっ!?!?」
「何よモテモテ講座って!」
「し、知りません! オレは何も聞いてません!」
 斜め下からエリルのムスり顔に威圧されながら、そしてそんなとんでもない賞品に気づいた何人かの生徒たちからの妙な視線を受けながら、オレはわずかな救いを求めてデルフさんを見る。待っていましたと言わんばかりにオレの方を見たデルフさんはウインクと共にグッと親指を立てて――って何してくれてるんですかぁぁああぁっ!!



「ふぅむ、もしかするとあれは会長の作戦かもしれないな。」
 選挙とミニ交流祭についての説明が終わってそれぞれの教室に戻る中、ロイドの馬鹿みたいな賞品には全員気づいてたからとりあえずロイドをタコ殴りにしながら歩いてると、ローゼルがそんな事を呟いた。
「おそらく会長の耳にも例のロイドくんの被害者の会――男の嫉妬大爆発集団の存在は入っているのだろう。それを無視できないマイナス要素と考え、あの賞品を入れたのではないか?」
「えー? でもあれじゃー嫉妬団には逆効果になるんじゃないのー?」
「逆効果になる生徒も、確かにいるだろう。だがそれは悪い印象がもっと悪くなるだけで、票の上で言えばゼロに変わりはない。だがロイドくんに嫉妬する男子の中にはあの賞品を見て心が揺れる者もいるはずだ。そのモテメソッドを教われるのなら――と、逆にロイドくんを支持する側に移る者がな。この場合、票はゼロから一になるわけだから、効果は大きい。」
「あー、そーかもねー。だけど嫉妬団以外の生徒にも悪い印象を与えちゃってプラマイゼロになったりしてねー。」

「それはないと思うよ。」

 ぞろぞろと歩いてたあたしたちの横にいつの間にかその会長がいた。
「ぶわら! デルフさん! なんてことを!」
 変な声をあげながらロイドが……珍しい「がーっ!」って感じの顔をすると、デルフは謝りながら笑った。
「ふふふ、ごめんごめん。サードニクスくんの選挙の後押しとイベントの盛り上がりを同時にできる方法だったからついね。」
「妻に無断で夫を講師にされると困るのだがそれはそれとして、さっきのアンジュくんの疑問はもっともだ。ロイドくんを支持している生徒にマイナス効果を与えてしまう場合もあると思うのだが。」
「全くないとは言えないけれど、それでもここは騎士の学校だからね。印象を上下させる要因として最も効果の大きいモノはやはり「強さ」なのさ。かくいうサードニクスくんの師匠だって女好きという事で有名だけれど、長年十二騎士であり続けている実力の高さゆえに多くの騎士から支持されている。」
「む、フィリウス殿か……確かに、むしろ師匠がああなのだから仕方がないというか、そういう前例がある事で逆に魅力の一つになる可能性もあるか……」
「あんな講座を開いちゃうけれどやっぱり強い。まさに《オウガスト》のような人気の形になるわけだね。」
「! もしやロイドくんの強さを再認識させる為にミニ交流祭を開いて戦う機会を増やしたのでは……」
「ふふふ、それが目的ではないけれどそうなる――おっと、選挙管理委員長だ。それじゃあまたね。」
「デルフてめぇこのクソ野郎! 初耳の部分がいくつもあったぞゴラァッ!!」
 追いかけてくる不良な見た目の選挙管理委員長からニコニコしながら逃げていくデルフ……
「さ、さすが……だね、会長さん……色々、計画してる……みたい……」
「むう……ここまでくるとロイドくん自身があまり乗り気でない事を知って逃げ場を無くしにきたという可能性も考えられるな……」

「ソグディアナイトはどこでもあんな感じなのだな。」

 デルフが逃げて行った代わりに、今度はプロキオンの会長――元会長のマーガレットがやってきた……
「セイリオスの選挙に重ねてミニ交流祭とは何だか色々な事に利用されている気がするが、これはこれで面白い。ロイドとの再戦もできるというモノだ。」
「えぇ……でもオレそんなに変わっていない思いますよ?」
「シリカ勲章を得るような修羅場をくぐったのだ。変わらないわけはない。選挙に参加しているという事だから忙しいだろうが、時間ができたら一戦お願いした――」

「『コンダクター』!」

 マーガレットが言い終わる前に、後ろから列をかき分けてカペラの会長のプリムラがズンズン歩いてきた。
「大抵変な企画を持ってくる『神速』にしてはいい仕事です! このミニ交流祭、わたくしと戦いなさい! この前のような手加減は無しで!」
「い、いえ、あれは手加減と言いますか……三戦の内の初戦で、全力を出すとあとの試合で動けなくなるのでし、仕方なく……」
「結果は同じですわ! あなたもですよ『女帝』――いえ『雷帝』! 卒業前に一戦してもらいますからね!」
「構わないが……随分やる気だな。」
「当然ですわ! 『神速』にもリベンジしなくてはいけませんし、『エンドブロック』とも戦いませんと!」
「えぇ……そんなに戦ったら身体がもたないんじゃ……」
「交流祭と違って今回は一週間! 充分な休養を挟んでいけば大丈夫ですわ! ラクスさんも、この機会に多くの猛者と戦っておくのです!」
 前に会った時と比べると、マーガレットが言うように物凄いヤル気を出してるプリムラにようやく追いついたって感じで……カペラ女学園唯一の男子、ラクス・テーパーバゲッドが合流する。
「やれやれ、俺はプリムラみたいなバトル大好きっ子じゃないんだがなぁ……」
「次期生徒会長候補としてもっと経験を積んでもらいませんと!」
「! ラクスさん会長になるんですか!?」
 ロイドがすごいですね! って感じの顔でラクスを見たけど、本人はゲンナリした。
「そんなつもりはないんだけどな……交流祭の後、変な遺跡の調査とかS級犯罪者とのバトルとか色々あったせいで変に注目されちまってそのまま会長立候補の流れに……」
「ラクスさん……!」
 ロイドがオレと同じ! って感じの顔でラクスを――ってちょっと、今S級って言った!?
「あんたも俺と同じような流れだな……お互い頑張ろうぜ。」
「はい!」
 謎のつながりで握手する二人……
「むう、ロイドくん二号との意気投合はともかく、この状況は選挙に勝ちたくない身としては良くないな……」
 二人の会長には聞こえないくらいの小声でぼそりと言うローゼル。気がつくと周りの生徒たちからジロジロと見られてて……確かに、他校の会長と仲良さそうにしてるのってポイント高い光景のような気がするわね……当選を狙う場合は。
 ……まさかあの会長、こういう効果も狙って……?
「そういえば……あのキブシという生徒も立候補者としてミニ交流祭に参加するのか……」
 昨日ひと悶着あったスオウについてキキョウから話を聞いた時にあいつが生徒会長立候補者の一人だってことも話してたから、ミニ交流祭でぶつかる可能性に気づいたマーガレットが……ちょっと怖い顔になる。
 交流祭の時、マーガレットはキキョウと……な、仲良くなる為にロイドに色々とお願いしてたって事があって、その結果あの二人が今どうなったのかはわかんないけど……そんなマーガレットからしたらスオウはかなり腹の立つ相手よね。
「あの時の抜刀速度はかなりのモノだったが、あれがオカトトキの剣術という事なのだろうか。」
「あら『雷帝』、近くにオカトトキの者がいるのに知らないのですか?」
「キ、キキョウくんは剣士ではないからな。そういう会話をした事はない。ポリアンサは知っているか?」
「当然ですわ。わたくし、これでも『魔剣』と呼ばれているのですよ?」
 あらゆる剣術を身につけてると言われてるカペラの生徒会長がコホンコホンっていう咳払いの後にオカトトキの剣術について解説を始めた。
「オカトトキのモットーは攻めの一点。常に先手であるべし、攻撃こそ最大の防御なり、そんな言葉が掲げられる剣術ですわ。」
「ふむ、昨日のキキョウくんの話でもあったが、相手の攻撃を利用する才とは正反対なわけか……」
「攻撃可能な距離、即ち間合いに捉えたならば相手の何よりも速く刀を振る。その為にオカトトキでは「間合い内の知覚」と「抜刀速度」を鍛えるのです。」
「ん? 抜刀速度はわかるが知覚とはどういう事だ?」
「例え攻撃が死角から来ようとも、間合いに入ったならば知覚して迎撃。それができるように五感の全てを鍛えるのです。オカトトキの剣術を使ったとされるとある騎士は、銃弾や魔法弾の集中砲火の中、それらを切り伏せながら疾走したそうですわ。」
「そりゃまるであの時のプリムラだな。」
 会長たちの……片方は元だけど、二人の会話を後ろで聞いてたラクスがそう言うとプリムラはバツの悪い顔になった。
「あ、あれは相手が相手でしたから……豪快な攻撃は嫌いではありませんけど、わたくしはもっと優雅にですね……」
「えぇっと……何の話ですか?」
「さっきちょろっと言ったろ、S級とやりあったって。とにかく色んなモノを遠くから飛ばしてくる奴だったんだが、その猛攻の中をプリムラが剣を振り回しながら突っ込んでったんだ。」
「そ、そんな野蛮人のように言わないでください!」
「た、倒したんですか!?」
「いや、撃退しただけだ。プリムラの『ヴァルキリア』や俺のベルナークの真の姿を普通に受け止めちまうような化け物だったからな。むしろなんで退いてくれたのかが未だに謎なわけだが……S級ってのはあんなんばっかりなのか?」
 別にロイドに聞いたわけじゃない、独り言みたいな質問だったと思うんだけど――
「ですよね……何がどうなってあんな神業を身につけるんでしょうか……」
 きっとプリオルとの戦いを思い出してそう言ったロイドに二人の会長とラクスがビックリ顔を向けた。
「……ロイド、その言い方だとロイドも経験があるという風に聞こえるのだが……」
「えぇ?」
 すっとぼけた顔で答えたロイドは三人の顔を眺めて――「あっ!」って言いながら「やっちまった」って顔になった。
「そんな! ことは――ナカッタデス!」
「……あんたウソが下手だな。」
「オズマンドと戦ってシリカ勲章を得たという話で大騒ぎでしたのに、この上S級犯罪者も出てくるんですの……?」
 正直に言うとS級犯罪者というか『世界の悪』っていう最凶の女が出てくるし、最近じゃあベルナークの剣までゲットしてるわけだけど……どっかしらでカーミラ――魔人族の話が出てきちゃうからあんまり話せないのよね。
 まぁ、プリオルとポステリオールとの戦いは『世界の悪』のせいではあるけど事故みたいなモノだし、上手に話せば何とかなりそうだけど……
「いや、その、話せば長くなると言いますか、色々ありましてですね……!」
 そういうの、ロイドはダメよね……
「まぁ、そちらがS級と遭遇したように我ら『ビックリ箱騎士団』にもそういう時があったというだけですよ。この前のオズマンドとの戦いのように。」
 何も説明してないけど強引に話をまとめるローゼルに……なんか腹立つけどマーガレットが笑った。
「ふふふ、ロイドほどに様々な繋がりを持っているとあれこれ起きるという事だな。気にはなるが詮索はすまい。下手をすると藪蛇になりそうだ。」
 まるでロイドの事を理解してるみたいな感じでそう言うマーガレット……
 小さい時から十二騎士に鍛えられた事、強力な魔眼を持ってる事、戦闘スタイルが似てるって事……色んな共通点があって、フィリウスさんにロイドの戦友――とか言われちゃってる女……
 ロイドはあたしのこ、恋人であるのと同時に一番のライバル……せ、戦友とか、そういうのだって――それはあたしの……あたしが……



「ふぃー、なんとか逃げ切ったね。選挙管理委員長はあれで結構強いから怒らせると大変さ。」
「そう言いつつ誰にも「大変」な目にあわされた事はありませんよね、会長。」
 生徒たちが体育館から自分の教室へと戻っていく列を横目に廊下の陰で一息ついていたデルフの隣で、一人の男子生徒がメガネの位置を直しながら呟く。
 デルフはいわゆる高身長と言って差し支えないが、その男子生徒は普通に立っているデルフを見下ろしていた。
 綺麗に七と三に分かれた前髪は張り付いているのではないのかと言うくらいにピシッとしており、制服にはしわ一つなく、お手本のような直立姿勢は少しもぶれない。教科書か学校のパンフレットに載りそうなその人物に、デルフは満足そうな笑顔を向ける。
「サードニクスくんが会長たちと仲良しな場面も見せる事ができたし、若干の懸念はあるものの順調だ。ミニ交流祭も盛り上がりそうだね。」
「おかげで方々に大量の書類を提出する事になりましたが、その辺り、見返りはあるんでしょうね、会長。」
「いやはや、その件に関してはジンジャーくんに感謝感謝だよ。さすが書記!」
「称賛よりも実利のあるモノが欲しいのですがね、会長。」
「いつも通りのキッチリカッチリだね。勿論、いいモノを用意しているよ。こんなのとか。」
 そう言いながらデルフがペラリとちらつかせた一枚の紙切れを見て、背の高い男子生徒――ジンジャーはメガネを光らせる。
「あなたの下で働くというのはやはりいいですね、会長。」



「相変わらず、会長は色々な事を一大イベントにしてしまいますね。」
 レイテッドさんとの模擬戦。昨日はレイテッドさんが副会長として他校の生徒たちへの対応で忙しくてできなかったから今日が二回目。選挙の説明はされたけど実際に始まるのは明日からで、今日はできる限り手合わせをしたいとのこと。
「しかし内容自体は騎士を志す者としても選挙に参加している者としても良いモノです。強くなる為の経験とアピールの機会が同時に得られるわけですからね。」
「選挙戦に加えて自分の強さをアピールするチャンスになる――ですか。」
「そういう事です。逆に言えば一層強さがモノを言う選挙になったという事でもありますからね。本番を明日に控えた今、あなたとの戦いで多くを得たいモノです。」
「ご、ご期待に沿えるかどうかあれですけど……頑張ります……」
 そう、模擬戦の二回目はレイテッドさんの希望でオレが一番手。曲芸剣術と相性の悪そうな闇の魔法――重さの魔法との戦い……オレも、何かを得たいモノだ。
 ちなみにオレは腰の後ろにプリオルがくれた増える剣をさし、マトリアさんからもらったベルナークの双剣を両手に握っている。ベルナークシリーズの、しかも行方知れずだった三本目の剣と知られたら騒ぎは確実だろうが、そもそも三本目の剣はベルナーク家の資料にそういう記述があったからという理由でその存在が囁かれているだけで、写真や絵、実物を見た人物は今のところ存在していないのだという。
 んまぁ、それもそのはずで、所有者だったマトリアさんは争いの種になるという理由でこの剣をヴィルード火山に捨てたのだから、当然自分が持っていた事実や戦闘記録なんかも消したのだろう。結果、あるらしいけど誰も知らないという状況になっているのだ。
 つまり、ベルナークシリーズの真の姿、高出力形態を発動させなければどこの武器屋にでも売ってそうなシンプルな剣を使っているようにしか見えない……はずなのだ。
「よ、よし、行きますよ!」
 オレは両手に持ったベルナークの双剣を回す。取り付けた風のイメロの力によって風のマナを発生させ、それを使って起こした風で双剣を宙に舞わす。そして手を叩いて増える剣の効果を発動、追加で大量の回転剣を周囲に展開させた。
「すごいですね……その状態が曲芸剣術における「構え」なのでしょうが、両手の剣を回し始めてから今に至るまでの動作が流れるようで、かつ早い。初見では何をやって何が起こったのかを理解できない気がします。」
「あ、ありがとうございます。」
「視認できないほどの速度で飛来する無数の回転剣……まずはここからですね。」
 そう言ってレイテッドさんが――アレクとカラードと戦った時も見たが、召喚魔法を使う時にやる……呪文の代わりなのか、空中に何かを描くように指を動かすと、その背後に拳くらいのサイズの目玉が三つ出現――ってなんじゃありゃ!?
「さあ、どこからでも遠慮なく。」
 ふよふよ浮いている目玉と紫色のオーラのようなモノでつながったレイテッドさんが走り出す前のような体勢で構えた。
「では――はっ!」
 みんなからかわすのが大変なスパルタ攻撃と言われる全方位からの攻撃をレイテッドさんに放つ。風の動きを読んだり、未来を見る魔眼を使ったり、電磁波で剣を捉えたり、色んな人が色んな方法でこれに対応してきたわけだが、レイテッドさんはどうする――ってあれ?
「なる、ほど。これは厄介、ですね。」
 傍から見ればゆらりゆらりと踊っているように見えるだろうが、剣を飛ばしているオレにはわかる。回転剣を全部避けられている事が。
 模擬戦やその前のランク戦での動きを見る限り、レイテッドさんの体術はカラードみたいな達人級のそれではない。回避動作の小ささからしても、超反応で避けているんじゃなく、おそらく剣の軌道が見えているのだ。
 ティアナの魔眼ペリドットでも曲芸剣術の動きは見えるそうなのだが、全方位攻撃は死角からも来るからそれの対応が大変なんだよと言っていた。つまり単純に自分の目に強化魔法をかけただけではああはならなくて、となると回転剣の動きを空間的に把握している可能性が高くなる。
 ……んまぁ、今回の場合はどう考えてもあの目玉の力。ギョロギョロとせわしなく動く目玉はきっと物凄い動体視力を持っていて、それを使って全方位を死角なく見ているのだろう。
「今の数と速度、ならばこうしてかわせますが、これ以上となると、身体を軽くしても身体が追い付かなくなる、でしょう。ならば――」
 踊っていたレイテッドさんが片腕を上げ、振り下ろす。すると操っている風や飛ばしている剣、そして自分の身体が一気に重たくなった。
「――! 驚きです。交流祭でカペラの会長さんが曲芸剣術に対して重力魔法を使った際も、それだけでは回転する剣を止められていませんでしたが……剣は想像以上の速度で動いていたのですね。ではもう一息……!」
「うわっ!」
 今度は身体が重いどころじゃない。とてつもない重量の何かが全身にのしかかっているような感覚。オレは膝をつき、飛ばしていた回転剣は全てが地面にへばりついた。
 レイテッドさんを囲むように飛ばしていた剣が全部そうなったという事は、レイテッドさん自身もこの重力魔法の中にいるはずだが、本人は何事もなく立っている。自分がいる場所だけ魔法をかけていないのか、耐熱魔法のように高重力を無効化する魔法があるのか……とにかく、レイテッドさんは自由に動けるけどオレは動けないという状態。
 やっぱり曲芸剣術にとって第六系統の闇の魔法の使い手は天敵なのか……

「だー、くらっちまったか。ああなるとマジでキツイんだよな。」
「ああ。重力魔法とて永遠に続けられるわけではないだろうが、何かしらの打開策がなければ時間切れも狙えない。受けない事が一番だが、こうなってしまったら詰みというのでは困った話だ。さて、ロイドはどうするのか……」

 観戦している強化コンビから実感のこもった声が聞こえてきた。カラードの言う通り、かわせば問題はないのだろうけど、これは一定空間に対して行う範囲攻撃。どこまでも広い場所で戦うのならともかく、闘技場みたいにスペースの限られている場所では最悪、全範囲で攻撃される可能性もある。
 やっぱり必要なのだ、打開策が……!
「……まだまだ諦めていない目ですね。」
 高重力の中、レイテッドさんが両腕を広げると、三つの目玉に加えて巨大な……レイテッドさんの腕の動きとシンクロする禍々しい腕が二本出現した。強化コンビとの戦いでも使っていた召喚魔法……サイズの大きさがそのまま力の差になるという事はワルプルガで経験しているから、あれがどれだけ強力かは理解できる。
 どうする……いつもの突風を使った緊急回避も、重くなっているオレの身体を充分に飛ばせるかどうかは微妙……
 ……ん? ちょっと待てよ……
「……あの、レイテッドさん。」
「? なんでしょう。」
「あ、いえ……」
「?」
 ……普通に会話ができる。強化コンビたちの声だって聞こえてきた。つまり……オレやオレの剣みたいに空気まで地面にへばりついているわけではないという事だ。そりゃ多少は重くなっているだろうし、実際剣を飛ばす為に操っていた風も「重い」と感じたけど……今の剣の重さに比べたら大した増量じゃない。
 それに、オレはついさっきこう考えた。突風で今のオレを飛ばせるかどうかと。そう、オレ自身が重くなっている事は心配しても、「風を起こせるかどうか」という点については何一つ懸念がなかった。
 オレや剣を飛ばせないのは……そう、重さと大きさに差がありすぎるのだ。仮に今の剣と同じ重量だけど大きさが十倍くらいある剣なら回せるだろう。大きい分、風を受ける面積があるからだ。
 そう……重くなったモノを飛ばせないだけで風は起こせる!
「何か思いついたような顔ですね。では見せて下さい――あなたの力を!」
 大きく広がった巨大な両腕はそれぞれに拳を作り、オレを潰さんと左右から迫った。だが――
「――!」
 見えない何かに突撃されたかのようにその両腕は真横に吹っ飛び、部室の壁に叩きつけられて消滅した。
「今の風は――くっ!」
 そしてその直後、紫色の長いツインテールが真横に流れ、一瞬の後にレイテッドさん自身も吹っ飛んだ。
「――だはっ!」
 同時に解除される重力魔法。オレは力を入れっぱなしだった両脚をガクガクさせながらヨロヨロと立ち上がった。
「レイテッドさん自身やその腕には高重力がかかっていない……だから、風で、飛ばせる……!」
 ふぅーと息を吐き、剣を回して曲芸剣術の構えの状態になった辺りで、壁の方に飛んでったけど再度腕を出して勢いを止め、着地したレイテッドさんがスタスタと歩いてきた。
「曲芸剣術の陰に隠れて意識していませんでしたが……あなたが起こす風はそれだけでも攻撃になるほど強力……これで『エアカッター』あたりを習得して回転剣に混ぜられたりすると更に強力になりそうですね。」
「う……れ、練習はしているんですけど……風は風っていう印象が強くて、刃にするとかあんまりイメージが……」
「無理矢理イメージしなくても良いかもしれませんよ。例えば風の形を変えるとか。」
「形?」
「風というのは基本的に「面」の状態で飛んできます。空気の壁のようなモノが迫って来る感じになるかと思いますが、それを「線」のイメージで飛ばすのです。」
「線の風……ですか……」
「あなたは既に螺旋のイメージから風をドリルのようにできていますし、それほど難しくはないと思いますよ。」
「な、なるほど……参考になりました。今度やってみます。」
「いえ。私が使っているイメージが役に立つのではと思ったまでです。」
「? レイテッドさんが?」
「ええ。」
 そう言ってレイテッドさんがくいっと手を振ると、オレから少し離れた地面に巨大な刃で切りつけたような跡が走った。
「ざ、斬撃!?」
「科学者に言わせればもっと難解なのでしょうが、重力もまた物体に「面」でかかっているイメージですからね。その形を変える事でこういうことができるのです。」
 ズン、ズン、ズンという音と共に、地面が星やハートの形に陥没した。
 剣で切るとかハンマーで叩くとか、そういう行為と根本的に異なる現象。モノの自重を一部分だけ重たくして自壊させる。つまり……た、例えば人間相手なら、腕の一部分、幅数ミリの部分だけに高重力をかけて……ち、ちぎる――みたいな事ができてしまうわけだ……
「もっともこちらの場合はイメージが難しく、こうして様々な形にする場合、今の私では下方向にしかできませんがね。」
 困り顔で笑いながら両手で空中に何かを描き、背後にあの巨大な腕を追加で出現――あ、あれ?
「しかし今の風はまずいですね。強力な重力魔法をかけてもああやって飛ばされてしまうとさすがに集中が切れて魔法を解いてしまいます。これは、私を守る盾が必要でしょうか。」
 腕が出現したと思ったら腕だけでは終わらず、禍々しい外見の巨人がレイテッドさんの後ろに出現した。しかも二体。
「何となくお話しながらでしたが、ここからは全力で行きます。まだ『コンダクター』のスピードも見せてもらっていませんしね。」
 三つの目玉と二体の巨人。きっと他にも色々な力を持った悪魔を召喚できるのだろう。一体出すのにどれくらいの魔力や魔法の技術が必要なのかはイマイチわからないけど……レイテッドさんの二つ名は『デモンハンドラー』。どっちかと言うと重力魔法よりも召喚魔法の方が得意なのかもしれない。
「……お手柔らかにお願いします……!」



「ふーむ、この前の魔法生物の大群を思い出す光景だが、副会長という指揮官の下で時に特殊な能力を発揮する悪魔という存在はあれとは別物だな。」
 目の前で繰り広げられる戦いを眺めてローゼルがそんな事を呟いた。
 いつものように大量の回転剣を飛ばしながら高速で動くロイドに対し、ヴェロニカはその場からあんまり動いてない。追加で召喚して合計五個になった目玉をギョロギョロさせながら、全方位攻撃から自分を守る事とロイドを攻撃する事をそれぞれ別の悪魔に指示してる。
 自分を『グラビティウォール』で覆い、周りに……腕がたくさんあってそれぞれに盾みたいなのを持った悪魔を配置してロイドの回転剣を防御。攻撃はワルプルガで戦ったリザードマンみたいな人間サイズの悪魔がロイドを追いかけ、二体の巨人が口からビームみたいのを発射したり、ヴェロニカみたいに重力魔法を使ったりしてる。
 全範囲に高重力をかければロイドを止められると思うけど……それをやらないって事はたぶん、さっきの突風を防げる悪魔を召喚するなり『グラビティウォール』を出すなりすると、負荷的に広範囲の高重力魔法が使えなくなるんだわ。
 あたしはほとんど使えないから聞いた話だけど、重力魔法って便利な反面、魔法負荷がかなりあるらしくて、戦闘で使うとしたら相手を中心とした一定範囲内だけ。さっきロイドを動けなくした重力魔法は飛び回る回転剣も止める為に結構な広範囲で使ってたからかなりの負荷があったはずで……ああやって動けなくした相手にとどめを刺そうとしても他の魔法を使う余裕はなくて……重さで潰すくらいしか選択肢がないのかもしれないわね。
「しかしすげーなロイド。俺とかカラードの時は変な方向の重力とかくらってあっちこっちに飛ばされたっつーのに。」
「速すぎて重力魔法を当てられないというのもあるだろうが、仮にくらったとしてもあれだけの速度で動いているロイドの進行方向を変えるとなると相当な魔力が必要だろう。おれたちのようにパワーで強引に行くよりも、多少受けても問題ないスピードで動く方が攻略としてはいいのかもしれないな。」
「スピードか……俺がロイドみてーな速さになんには相当走らねぇとだな。」
「どうかな。アレクは体重がある分、ロイドほどのスピードは必要ないかもしれない。」
「重力魔法もそーだけどあっちの悪魔の方もずるいよねー。なんか魔法使ったりしてないー?」
「ロ、ロイドくんを追いかけてる、悪魔……時々、『テレポート』してる、ね……大きい方は……重力魔法を……」
「あれはボクが使ってる『テレポート』とは違うと思うよ? 召喚用の出入り口を使ってるような感じじゃない?」
「ふむ……あの目玉もそうだが、様々な能力を持った存在を呼び寄せて即席の軍隊を作り出してしまうというのは厄介極まりないな。」
 ローゼルの意見には同感で、これでこの前のクロドラドとかゼキュリーゼみたいなのを何体も呼ばれたらどうしようもなくなるわね。
 でも……こういう戦い方をする奴はヴェロニカ以外にもたくさんいるはずで、敵として現れる可能性も充分にある……なんとか対応できるようにならなくちゃいけないわね……


「はぁ、はぁ……さすがに、疲れましたね……みなさん、ありがとうございました。」
 ロイドとの勝負の後、ヴェロニカはあんまり戦った経験がないタイプってことでティアナとリリーと戦い、明日からの選挙戦への影響を考えて今日の模擬戦――『ビックリ箱騎士団』と副会長の二回目の手合わせは終わった。
 選挙期間中も体力的にできそうならまた来ると言ってヴェロニカは帰っていったけど……あたしも戦ってみたいし、是非そうして欲しいところね。
「好戦的な熱血お姫様であるエリルくんじゃないが、召喚魔法のあれほどの使い手はなかなかいないだろうからな。わたしも手合わせしてみたいモノだ。」
「誰が――っていうかあんたも手合わせしてみたいとか思うのね。」
「強い夫にはそれにふさわしい妻でなければならないだろう?」
「あんたねぇ……」
「まぁ、頼もしい夫に守ってもらう妻というのも良い感じだが……とりあえず手合わせ云々よりも選挙の事だ。結局これといった解決策もなく明日から始まってしまう。ミニ交流祭はロイドくんの人気を更に高めてしまうだろうし、いよいよ困ったぞ。」
「ふぇ? なな、なんでオレが……」
 ヴェロニカとの勝負で疲れたのか、ソファの上でぐったりして――るのをいいことにくっついてるリリーにわたわたするロイドがそう言ったっていうか離れなさいよ!
「ロイドくんは他校の会長たちと面識があり、戦った事もある。それ故の知り合い感は既に多くの生徒に見られている上、ミニ交流祭ではそんなロイドくんと戦ってみようと、他校の生徒会候補が挑んでくる事だろう。結果、他の学校でもその強さが認められている『コンダクター』という認識が広がるの、だ!」
「ぎゃあっ!?」
 ローゼルが放った大きめのつららが一瞬前までリリーがいた場所に突き刺さり、ロイドが悲鳴を上げた。
「んふふー、やっぱりボクとロイくんのラブラブ具合をこれでもかって見せつける作戦に……」
 ローゼルの攻撃を『テレポート』で避けてソファの後ろから出てきたリリーが再度ロイドにくっつこうとした――んだけど、その動きをピタリと止めた。
「? リ、リリーちゃん、どうかしたの?」
「うん……なんか……誰かに見られてる……」
 ロイドに対して溶けてる顔でも商人の顔でもない、一番ゾッとする暗殺者としての顔で部屋の中を見渡すリリー。すると――

『驚きました。まさか自分の視線に気づく人間がいるとは。』

 この場の誰の声でもない声がして、ロイドの近くに……なんていうか、水蒸気? 雲みたいな煙みたいな白いモヤモヤが出現した。
『さすがはロイド様。お知り合いの方も只者ではないのですね。』
 どうもそのモヤモヤからするらしい声がそう言ったんだけど……え、なによこれ……
「えぇっと……もしかしてミラちゃんが言っていた護衛の人……ですか……?」
 イマイチどこに向かって話しかければいいのかわかんないモヤモヤにロイドが質問すると、モヤモヤが吸い込まれるみたいにテーブルの上に集まって行って――

『はっ! 女王様直々のご命令により、ロイド様の護衛を仰せつかりました、バク・ピロゥでございます。』

 ――綿あめで出来たような身長十センチくらいの小さな人型が膝をついて頭を下げた。
「えぇ……っと……あの……そ、その姿が……えぇっと……」
 色々見慣れてるはずのロイドですら目をパチクリさせながらどう聞いていいやらって顔をした。
『いえ、こういう姿の方がロイド様がお話しやすいかと思い、形作りました。自分に固定の姿というモノはございません。自分は霧なので。』
「き、霧ですか……」
『はい。例えるなら空に浮かぶ雲に自分という意識が乗っかっているような具合でございます。』
 身体がマグマでできてる奴の次は霧って……どうなってんのよ、魔人族……
「あの……あ、こ、こんにちは、ロイド・サードニクスです……えっと、オレの護衛という話ですけど……ど、どんな感じに……?」
『自分の身体の七割にてラパンの街を、残る三割でこの学院をそれぞれ覆い、不測の事態に一早く反応できるよう、警戒いたします。』
「……? え、か、身体の七割――街を覆う!? そ、そんな事ができるんですか!?」
 綿あめ人間がさらりと言った事に目を丸くするロイド。当然、あたしたちも驚いた。ラパンを覆うって……オズマンドが防御魔法の発生装置を使ってやった事を個人でやるってこと……?
『はい。ただ街を覆う方は密度が薄く、ある一定以上の脅威でなければ自分の方へ知覚情報が届きません。未熟なこの身をどうかお許しください。』
「い、いえいえ! すごいですよ! 逆にあの――ピロゥさんはそんな事して平気なんですか!?」
『え、ええ……ご心配なく。』
 ……顔があったら不思議そうな表情をしてるだろうって感じの声で答える綿あめ人間。
『こ、この学院を覆う残り三割に関しましては、高い密度に加えて自分の意識が及ぶ分、より正確に脅威を判断できるようになっております。それと……自分の事はどうぞバクとお呼びください。』
「ヴァララさんにも同じような事を言われましたけど……えぇっと、それじゃあバクさん、意識は学院の方にあるって言いましたけど……上からずっと下を見ているんですか?」
『さんは……いえ、そういうわけではありません。違う種族の方には理解しにくいかと思いますが、意識はこちらでも自我は別と言いましょうか……自分自身は密度の薄い街の方を補う為、また女王様からロイド様の事を監視し続けるような事はないようにと言われている為、学院の外で他の者の手助けを行います。』
「意識と自我が別……身体を置いて魂が抜ける感じですかね……というか他の者?」
『はい、王城などに潜入している他のレギオンメンバーです。』
 ……またあっさり言ってくれたわね……まぁ、前にも聞いた話だけど、スピエルドルフって国はどの国にもこうやって入り込んでるのかしら……
『この街や学院に対して危機が迫り、万が一ロイド様に避難していただく場合は、女王様から受け取られたかと思います指輪を通してそれをお知らせします。また、その指輪――正確にはそれについている宝石ですが、それを握って話しかけていただければ自分に声が届きますので、何かありましたら何なりとお申し付けください。』
「そんな、護衛してもらっているのにこの上何かを頼むなんて事は……んまぁ、緊急事態ならあるかもですけど……えぇっと、オレが言うのもなんですけど、ずっと護衛じゃあ疲れるでしょうし、ご飯とかはちゃんと食べて下さいね……」
『ご、ご心配なく……自分は夢魔ですから。』
「夢魔だと!?」
 ロイドの反応に結構ビックリしてる綿あめ人間の一言にローゼルが声を上げた。
「む、夢魔とはあれだろう、その――いやらしい夢などを見せて精気を吸い取るという……」
『それは淫魔側に分類される夢魔の事でしょう。自分は他の生物の夢をエネルギー源として摂取するだけです。先ほどのロイド様のご心配ですが、これだけの人間がいる場所ですから食事には困りません。勿論、夢を食べたからといって人間側に悪影響はありません。』
「夢を食べる……そういえばどこかの村で悪い夢を食べてくれる生き物がいるって聞いた事が……もしかしてバクさんと同じ種族だったりするんですかね。」
『好みはそれぞれですから、人間が言うところの悪夢が好物という同胞も――あ、そうでしたそうでした……』
 夢を食べる事がわかった綿あめ人間が腕をグルグル回すと、空中から飴玉みたいなモノがコロコロと出てきた。
『どうぞ皆さまお受け取り下さい。お近づきのしるしです。』
「わぁ、なんですか、これは。」
『それをなめてから眠りますと、望んだ夢を見る事ができるのです。』
「好きな夢を見られる飴ですか。ありがとうございます。ほら、みんなも。」
 コロンと受け取った飴玉。色的にはラムネみたいな味がしそうだけど……見たい夢を見られるって……
「なるほど、これを使えば寝ている間に究極のイメージトレーニングができるわけだな。」
「カラード、寝る時くらい寝ろよ。」
「ふむふむ、好きな夢を。ほうほう。」
「な、何でもいいのかな……ど、どんなのでも……」
「わー、ちょっと迷うねー。どーしよっかなー。」
「こ、これをなめたら……夢の中でもロイくんと……えへ、えへへ。」
 それぞれがそれぞれの夢を見る……気はしなくて、強化コンビ以外はなんか……リリーみたいにロ、ロイドの夢を見そうな……ど、どいつもこいつも!
『それでは今後とも、よろしくお願い致します。』
 そう言ってペコリとお辞儀をすると、綿あめ人間――魔人族、霧の夢魔のバク・ピロゥは空気に溶けるみたいに消えた。
「……魔人族って何でもありなのね。」
「あー……うん。魔人族って呼ばれててもみんなが人の形ってわけじゃないから。んまぁ、さすがに身体が霧っていう人には初めて会ったけど……」
「……今思ったけど、この飴で好きな夢が見られるって事はあいつ、相手にどんな夢でも見せることができたりするんじゃないの?」
「んまぁ、確かに……」
「じゃああいつに頼んで生徒たちにあんたの悪い夢を見せれば支持率下げられるんじゃないの?」
「オレの悪い夢って……た、例えば……?」
「例えばって……だ、誰かをいじめてる夢とか……?」
「エリル……」
「な、なによその顔は! じゃあ手当たり次第に女子に手を出す夢でいいわ!」
「びゃっ!? そ、それは……こう……コ、コメントしづらいぞ!」
「この馬鹿っ!」



 田舎者の青年たちが霧の魔人族から飴玉をもらっている頃、大方の片づけが済んで次の代を迎えられるようになってきた生徒会室にて、背中から水で出来た腕を六本ほど生やし、それらを使って大量の書類を処理している七三分けの男子生徒の正面に座ってそろばんと睨めっこしている白衣を羽織った女子生徒がぼそりと呟いた。
「書記先輩、チョーっと顔が気持ち悪いんだけどー?」
「ふふ、ふふふ、これは思い出し笑いというモノですよ、プルメリアさん。」
「あー、まーた会長から変なモノで釣られた感じー? この書類、ミニ交流祭の賞品関係みたいだしー。」
「生徒会が用意し得る全てを惜しみなくというところです。会長らしいお祭り騒ぎですね、プルメリアさん。」
「ウチは立候補側だからそっちに参加できないしー。チョーっと羨ましい感じ――あれ?」
 積み上げられた書類をペラペラと眺めていた白衣の女子生徒はその内の一枚の内容を見て、普段のだるそうな半目を少し開いた。
「書記先輩、これ賞品の書類じゃないんだけどー?」
「ふふふ、このミニ交流祭は会長が会長として行う最後のイベント。ならば特大の花火を用意するのは当然の事だとは思いませんか、プルメリアさん。」
「チョーっと特大過ぎないー? 一体いくら動いてるのって感じ。」
「お金で解決できる事は大した事ではありません。重要なのは他人を動かす信頼――つくづく会長の人脈には驚かされますね、プルメリアさん。」
「会計のウチにお金は大した問題じゃないとか言わないで欲しいんだけどー。」
「これは失礼。書記が扱う書類というのは信頼を形にしたモノですからね。ついですよ、プルメリアさん。」
「どっちかっていうと、信頼が形になったのはお金の方だと思うけどー。」
「ふふふ、お互い役職に染まったようですね。ちなみにそちらは先ほどから何をしているのですか、プルメリアさん。」
「選挙に勝つ確率を見てた感じ? 対立してる相手はまーなんとかなりそーだし、あとはアルク先輩にいー感じに演説の文章をいじってもらえばいけそー。」
「ああ、彼女は人の心を動かす言葉を知っていますからね。これもまた、広報という役職に染まった結果でしょうかね、プルメリアさん。」
「アルク先輩の場合は本職の放送部の影響だと思うけどー。」
「ああ、それは確かに。ふふふ、彼女の広報は適任という感じでしたが、次もそういう方が来てくれると良いですね。そういえば庶務はどうなりましたか? やはり会長一押しの『コンダクター』が後任になりそうなのですか、プルメリアさん。」
「チョーっとどうなるかビミョーな感じ? てゆーかフツー、今の庶務がそのまま上がるのを期待するモンじゃないのー? ウチは『コンダクター』の方がいー数値出してるからそっちの方がうれしーけどー。」
「どうでしょうかね。庶務に関しては少々特殊な風習があると言いますか、「三年生で庶務」というのはあまり聞かないのですよ、プルメリアさん。」
「へー。」

「ぐにゅ――ぐぬぬ……」

 書記と会計がそんな事を話しているすぐ近く、生徒会室の扉の前に立っていた一人の男子生徒が、中から聞こえてきた会話にその身を震わせていた。
「おにょ――おのれ『コンダクター』……選挙戦でギャフンと言わせてやるぞ……!」

騎士物語 第九話 ~選挙戦~ 第四章 書記の根回し

交流祭(第六章)の時にちらりと書いたキキョウくんの昔話がここで明らかになりました。彼はフィリウスに出会て本当に良かったですが……マーガレットさん的にはおにぎり屋さんのマイラさんが気になるところでしょうか。

副会長のレイテッドさんもそうですが、立ち位置的に必要だったのであまり深く考えずに登場させた人がその後ドンドン掘り下げられていく事になるという現象はなかなか面白いものです。きっとマイラさんもその内出てくるのでしょう。

副会長との模擬戦、会長のイベントなど色々とありますが……最後に出てきた飴玉と生徒会室の前に立っていた生徒が波乱を呼ぶような気がしますね。

次はいよいよ選挙戦の始まりです。

騎士物語 第九話 ~選挙戦~ 第四章 書記の根回し

スオウの登場をキッカケに、ロイドとキキョウの出会いの物語が語られる。 オカトトキの剣術を皆伝したスオウの実力の高さを知るが、成り行きで生徒会選挙に立候補する事になっただけで、 エリルたちの事を考えると当選はしたくないロイド。 だが、ロイドを生徒会に入れたいデルフの策略は次の段階に進んでいて―― そして副会長との模擬戦も進む中、護衛の為にやってきた魔人族が姿を見せ――

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  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-06-16

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